買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
書画展は、都内にある文化会館のホールを貸し切っておこなわれていた。
実音が会場に到着した時には、すでに明夫は到着していて、こちらに気付くと鷹揚にうなずく。
「小松崎のおじさま、ご無沙汰しております」
書画を飾る会場で悪目立ちしないようにと、水柿色の生地の裾に落ち葉の吹き寄せが描かれた小紋を着た実音は、丁寧に頭を下げた。
「仕事は辞めたのか?」
来訪のお礼を言うでもなく投げつけられた言葉にも、実音は頭を下げて返す。
「はい。これまで自由にさせていただきありがとうございました」
正しく言えば、まだ籍が残っているけど、辞めることに変わりないのだからそこまで言う必要はない。
「やっと、我が家の嫁としての自覚が出てきたようだな」
明夫は満足げに呟く。
古い価値観のまま生きる彼は、厳格で、女性が働いていることを快く思っていなかった。
それでも、実音の家柄や学歴などには満足しているので、仕事を辞めて専業主婦になるのであれば理想的な嫁だとは考えてくれているようだ。
実音としても、明夫の自尊心を満たす役目を果たせる自信はあるのだけど、この先ずっと、彼のお気に入りの嫁を演じなくちゃいけないと思うとかなり気詰まりだ。
相手に悟られないよう、心の中で嘆息していると、明夫が実音に聞く。
「ところで遼介は、今日は何故出勤が遅れた?」
「さあ?」
彼は実家暮らしをしているのだ、そんなことは、一緒に暮らしている明夫の方がわかっているはずではないか。
質問の意図がわからず首をかしげると、明夫の眉間に皺が寄る。
「ここ数日、アイツは結婚の打ち合わせのために有坂家に泊まっているのではないのか?」
「え、そうなんですか?」
明夫がなにを言っているのかわからず、つい素直な疑問を口にしてしまう。
その後で、彼が外泊の言い訳として有坂家の名前を使っていたのだろうと思い至ったけどもう遅い。
明夫は、片手で口を覆い、視線を泳がせる実音に質問を重ねる。
「先日、アイツに婚約指輪を買うからとせがまれて金をやったが、その指輪はどこにある?」
彼から指輪を買うなんて話も聞いていない実音に、そんなこと答えられるはずがない。
「アイツはこれまでも度々外泊していたが、有坂家に泊まっていたのでないのか?」
どうやら遼介は、これまでも外泊の理由として有坂家の名前を使っていたらしい。
実音が返答に困って黙りこんでいると、明夫はさらなる衝撃的な発言をする。
「失礼ながら、遼介が君に泣きつかれたと言って、有坂テクトの裁判に用立てるために渡した金は、大雅氏のもとに届いてるいかな?」
「えっ! おじさま、裁判のことをご存知なのですか?」
これまでの遼介の話では、明夫は裁判や有坂テクトの経営状況については知らいようだった。だからこそ、窮状を知られる前に結婚してしまおうと、実音の父親は焦っていたぐらいだ。
驚きの表情を見せる実音を見て、明夫のこめかみが震えた。怒りに染まったその表情に、実音の背中を冷たいものがつたっていく。
「あの……」
「悪いが、失礼させてもらうっ!」
なにをどう言い繕えばいいかもわからないまま口を開こうとしたけど、それより早く明夫は実音に背を向けた。
そして本当に、そのまま会場を出て行ってしまう。
そんな彼の背中を、小松メディカルの社員や会場の責任者らしき人たちが慌てて追いかけていく。
彼らの勢いに気負けして出遅れた実音は、嫌な予感を感じつつもその一団の背中を見守ることしかできなかった。
実音が会場に到着した時には、すでに明夫は到着していて、こちらに気付くと鷹揚にうなずく。
「小松崎のおじさま、ご無沙汰しております」
書画を飾る会場で悪目立ちしないようにと、水柿色の生地の裾に落ち葉の吹き寄せが描かれた小紋を着た実音は、丁寧に頭を下げた。
「仕事は辞めたのか?」
来訪のお礼を言うでもなく投げつけられた言葉にも、実音は頭を下げて返す。
「はい。これまで自由にさせていただきありがとうございました」
正しく言えば、まだ籍が残っているけど、辞めることに変わりないのだからそこまで言う必要はない。
「やっと、我が家の嫁としての自覚が出てきたようだな」
明夫は満足げに呟く。
古い価値観のまま生きる彼は、厳格で、女性が働いていることを快く思っていなかった。
それでも、実音の家柄や学歴などには満足しているので、仕事を辞めて専業主婦になるのであれば理想的な嫁だとは考えてくれているようだ。
実音としても、明夫の自尊心を満たす役目を果たせる自信はあるのだけど、この先ずっと、彼のお気に入りの嫁を演じなくちゃいけないと思うとかなり気詰まりだ。
相手に悟られないよう、心の中で嘆息していると、明夫が実音に聞く。
「ところで遼介は、今日は何故出勤が遅れた?」
「さあ?」
彼は実家暮らしをしているのだ、そんなことは、一緒に暮らしている明夫の方がわかっているはずではないか。
質問の意図がわからず首をかしげると、明夫の眉間に皺が寄る。
「ここ数日、アイツは結婚の打ち合わせのために有坂家に泊まっているのではないのか?」
「え、そうなんですか?」
明夫がなにを言っているのかわからず、つい素直な疑問を口にしてしまう。
その後で、彼が外泊の言い訳として有坂家の名前を使っていたのだろうと思い至ったけどもう遅い。
明夫は、片手で口を覆い、視線を泳がせる実音に質問を重ねる。
「先日、アイツに婚約指輪を買うからとせがまれて金をやったが、その指輪はどこにある?」
彼から指輪を買うなんて話も聞いていない実音に、そんなこと答えられるはずがない。
「アイツはこれまでも度々外泊していたが、有坂家に泊まっていたのでないのか?」
どうやら遼介は、これまでも外泊の理由として有坂家の名前を使っていたらしい。
実音が返答に困って黙りこんでいると、明夫はさらなる衝撃的な発言をする。
「失礼ながら、遼介が君に泣きつかれたと言って、有坂テクトの裁判に用立てるために渡した金は、大雅氏のもとに届いてるいかな?」
「えっ! おじさま、裁判のことをご存知なのですか?」
これまでの遼介の話では、明夫は裁判や有坂テクトの経営状況については知らいようだった。だからこそ、窮状を知られる前に結婚してしまおうと、実音の父親は焦っていたぐらいだ。
驚きの表情を見せる実音を見て、明夫のこめかみが震えた。怒りに染まったその表情に、実音の背中を冷たいものがつたっていく。
「あの……」
「悪いが、失礼させてもらうっ!」
なにをどう言い繕えばいいかもわからないまま口を開こうとしたけど、それより早く明夫は実音に背を向けた。
そして本当に、そのまま会場を出て行ってしまう。
そんな彼の背中を、小松メディカルの社員や会場の責任者らしき人たちが慌てて追いかけていく。
彼らの勢いに気負けして出遅れた実音は、嫌な予感を感じつつもその一団の背中を見守ることしかできなかった。