買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
「お待たせしました」
身支度を調えて廊下に出ると、海翔の姿は既に玄関にあった。
さっきまでラフなスエット姿だった彼は、ほっそりとしたラインのスラックスに、麻のシャツと薄手のカーディガンを合わせている。普段はきっちりと後ろになでつけている前髪も、無造作に遊ばせていて、普段より若い印象を与える。
「私服だと、かなり印象がかわるな」
実音が思っていることと同じことを口にして、海翔はパンプスを履こうとする実音がバランスを取りやすいようにと腕に掴まるように促してくれる。
さりげない彼の気遣いにお礼を言って、彼の腕に掴まりパンプスを履く。そうしていると、自然と彼の体温を感じてひどく緊張してしまう。
「ありがとうございます。なにを買いに行きますか?」
パンプスを履いた実音が顔を上げると、海翔は、彼女の左手を持ち上げて言う。
「一番の目的は、これだ」
「これ?」
意味がわからず聞き返す実音の左手薬指を、海翔は自分の指で軽く叩く。
「あった方がいいと思い、一応結婚指輪を注しておいた。外商に届けさせるつもりでいたが気が変わったから取りに行く」
結婚指輪という言葉に、今さらながらに彼と夫婦になったのだと思い知らされる。
「た、確かに、あった方がいいですよね。一応……夫婦なんだし」
「そのついでに少し買い物をしたい」
実音がしどろもどろに答えると、海翔はその手を握り直して歩き出す。そのことに驚いたけど、それを振り払う理由はない。
ただ、触れている指先から広がる熱が体を包んでいって落ち着かないのだけど。
「仕事のことだが、実音はどうしたい?」
地下の駐車場まで手を繋いで歩いただ海翔は、助手席に実音を座らせ、エンジンをかけるついでといった感じで問いかけてきた。
「どうって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。君の籍はまだヤガミにあるから、このまま退職の手続きを進めていいのかの確認だ」
彼のそこ言葉に、実音は目を瞬かせた。
「仕事、続けていいんですか?」
「今までろくに休みも取らずに仕事を頑張っていてくれたおかげで、有休消化に時間がかかっている。そのためまだ正式な手続きに入っていないから、今なら退職を取り消すことも可能だ」
「……」
「戻ってきてくれると助かるが、仕事を辞めてゆっくりしたいなら、それでもかま……」
かまわない。と言いかけたのだろう。
何気なく実音へと視線を向けた海翔が動きを止めた。
そんな彼の視線を頬に感じながら、実音はすみませんと鼻を啜った。
「退職届を出した時、自分の大事なもの全部を失った気分になっていたから、そんなふうに言ってもらえたのが嬉しくて」
これから買い物に行くのに、涙で化粧を崩してはまずいと、目頭を押さえて堪える。
「好きにすればいい」
指先で目頭を押さえる実音に、そう言って、海翔は車を発進させた。
車を走らせながら、改めてこれからのことについて話合った。
その結果、デパートの駐車場に彼が車を停める頃には、有休が開けるタイミングで実音は職場復帰することと、そのタイミングでふたりの関係を公にすることで話はまとまった。といっても海翔の言うとおり、実音の有休はかなり溜まっていて、職場復帰するのは十一月の末になるのだけど。
結婚を理由に退職届を出した自分が、彼の妻として復職するのは変なのではないかと実音は心配したのだけど、海翔は問題ないという。
これまでずっと自分の家柄のことを隠していたため、結婚報告する際も、実音は結婚相手のことは黙っていた。だから、その相手が最初から海翔だったということにして、実音の性格上周囲に騒がれるのが恥ずかしくて、退職した後でこっそり入籍するつもりだった。だけど二人で話合った末、結婚してからもやっぱり仕事を続けることにしたとしたと説明すればいいと言う。
とりあえずは実音が復帰するタイミングで、袴田(はかまた)や町村(まちむら)、秘書室の一部のスタッフにだけ先に告げて、他の社員など関係各所には、結婚式を挙げる時に伝えればいいという。
実音として、そんなやり方で周囲が納得してくれるのか心配だけど、海翔に言わせれば『言いたい奴には言わせとけ』とのことだった。
陰口を言いたい人間は、どんなことにでも口実を作って好き勝手言うのだからほっておけばいい。CEOである自分に面と向かって疑念をぶつけてくる奴はいないだろうし、いたらいたで、面白いから話を聞いた上で納得させてみせると言う。
人の心を動かす術にたけている海翔の話術を知る実音としては、納得するしかない。
ただヤガミに戻れるのなら、一番仲よくしていた芽衣子にだけは、先にそのことを報告したい。海翔にその思いを伝えると、それはいい考えだと言ってくれた。
たわいない噂レベルで二人の関係を流布しておいた方が、結婚を公表した時に周りが納得しやすいのだという。
元許嫁に婚約破棄を言い渡され、会社の倒産まで覚悟して人姿勢の全てを失った気でいたのに、彼のおかげで全て取り戻すことができている。
その手際があまりによすぎて、こちらとしては、手品でも見せられているような気分にさせられる。
別室で話していたので詳しいやり取りまではわからないけど、最初、難色を示した父でさえ、海翔と話し合ったことで二人の結婚を認めたくらいだ。
身支度を調えて廊下に出ると、海翔の姿は既に玄関にあった。
さっきまでラフなスエット姿だった彼は、ほっそりとしたラインのスラックスに、麻のシャツと薄手のカーディガンを合わせている。普段はきっちりと後ろになでつけている前髪も、無造作に遊ばせていて、普段より若い印象を与える。
「私服だと、かなり印象がかわるな」
実音が思っていることと同じことを口にして、海翔はパンプスを履こうとする実音がバランスを取りやすいようにと腕に掴まるように促してくれる。
さりげない彼の気遣いにお礼を言って、彼の腕に掴まりパンプスを履く。そうしていると、自然と彼の体温を感じてひどく緊張してしまう。
「ありがとうございます。なにを買いに行きますか?」
パンプスを履いた実音が顔を上げると、海翔は、彼女の左手を持ち上げて言う。
「一番の目的は、これだ」
「これ?」
意味がわからず聞き返す実音の左手薬指を、海翔は自分の指で軽く叩く。
「あった方がいいと思い、一応結婚指輪を注しておいた。外商に届けさせるつもりでいたが気が変わったから取りに行く」
結婚指輪という言葉に、今さらながらに彼と夫婦になったのだと思い知らされる。
「た、確かに、あった方がいいですよね。一応……夫婦なんだし」
「そのついでに少し買い物をしたい」
実音がしどろもどろに答えると、海翔はその手を握り直して歩き出す。そのことに驚いたけど、それを振り払う理由はない。
ただ、触れている指先から広がる熱が体を包んでいって落ち着かないのだけど。
「仕事のことだが、実音はどうしたい?」
地下の駐車場まで手を繋いで歩いただ海翔は、助手席に実音を座らせ、エンジンをかけるついでといった感じで問いかけてきた。
「どうって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。君の籍はまだヤガミにあるから、このまま退職の手続きを進めていいのかの確認だ」
彼のそこ言葉に、実音は目を瞬かせた。
「仕事、続けていいんですか?」
「今までろくに休みも取らずに仕事を頑張っていてくれたおかげで、有休消化に時間がかかっている。そのためまだ正式な手続きに入っていないから、今なら退職を取り消すことも可能だ」
「……」
「戻ってきてくれると助かるが、仕事を辞めてゆっくりしたいなら、それでもかま……」
かまわない。と言いかけたのだろう。
何気なく実音へと視線を向けた海翔が動きを止めた。
そんな彼の視線を頬に感じながら、実音はすみませんと鼻を啜った。
「退職届を出した時、自分の大事なもの全部を失った気分になっていたから、そんなふうに言ってもらえたのが嬉しくて」
これから買い物に行くのに、涙で化粧を崩してはまずいと、目頭を押さえて堪える。
「好きにすればいい」
指先で目頭を押さえる実音に、そう言って、海翔は車を発進させた。
車を走らせながら、改めてこれからのことについて話合った。
その結果、デパートの駐車場に彼が車を停める頃には、有休が開けるタイミングで実音は職場復帰することと、そのタイミングでふたりの関係を公にすることで話はまとまった。といっても海翔の言うとおり、実音の有休はかなり溜まっていて、職場復帰するのは十一月の末になるのだけど。
結婚を理由に退職届を出した自分が、彼の妻として復職するのは変なのではないかと実音は心配したのだけど、海翔は問題ないという。
これまでずっと自分の家柄のことを隠していたため、結婚報告する際も、実音は結婚相手のことは黙っていた。だから、その相手が最初から海翔だったということにして、実音の性格上周囲に騒がれるのが恥ずかしくて、退職した後でこっそり入籍するつもりだった。だけど二人で話合った末、結婚してからもやっぱり仕事を続けることにしたとしたと説明すればいいと言う。
とりあえずは実音が復帰するタイミングで、袴田(はかまた)や町村(まちむら)、秘書室の一部のスタッフにだけ先に告げて、他の社員など関係各所には、結婚式を挙げる時に伝えればいいという。
実音として、そんなやり方で周囲が納得してくれるのか心配だけど、海翔に言わせれば『言いたい奴には言わせとけ』とのことだった。
陰口を言いたい人間は、どんなことにでも口実を作って好き勝手言うのだからほっておけばいい。CEOである自分に面と向かって疑念をぶつけてくる奴はいないだろうし、いたらいたで、面白いから話を聞いた上で納得させてみせると言う。
人の心を動かす術にたけている海翔の話術を知る実音としては、納得するしかない。
ただヤガミに戻れるのなら、一番仲よくしていた芽衣子にだけは、先にそのことを報告したい。海翔にその思いを伝えると、それはいい考えだと言ってくれた。
たわいない噂レベルで二人の関係を流布しておいた方が、結婚を公表した時に周りが納得しやすいのだという。
元許嫁に婚約破棄を言い渡され、会社の倒産まで覚悟して人姿勢の全てを失った気でいたのに、彼のおかげで全て取り戻すことができている。
その手際があまりによすぎて、こちらとしては、手品でも見せられているような気分にさせられる。
別室で話していたので詳しいやり取りまではわからないけど、最初、難色を示した父でさえ、海翔と話し合ったことで二人の結婚を認めたくらいだ。