買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
そしてそんな彼のペースに背中を押されるようにしてデパートのVIPルームに入った実音は、部屋に並ぶ服や装飾品の数々に目を丸くした。
「八神様、この度はご結婚おめでとうございます。お申し付けのとおり、奥様への贈り物の品々、こちらで見立てさせていただきました」
二人を出迎えたスーツ姿の男性は、胸に手を当てて腰を折る。髪を綺麗に整え、細いフレーム眼鏡が印象的な彼が姿勢を戻すと、胸元のネームプレートに『滝沢』と印字されているのが見た。
彼、滝沢の言葉に、実音は傍らに立つ海翔を見た。
だけど彼は目を合わせることなく、実音の肩に腕を回して「まずは指輪を見せてもらっていいかな?」と滝沢に声をかける。
「ええ、ええ、もちろんでございます」
眼鏡の奥の目を細めて、滝沢は二人を来客用のソファーに座らせると、実音に改めて自己紹介をし、蓋に金箔で『寿』と書かれている桐箱を運んできた。
「八神様のものはシンプルなデザインで、奥様のものは最高級の品をといことでしたので」
そう話しながら、滝沢は手袋を嵌めて、厳かな手つきで桐箱を開ける。
指輪をしまうにだけにしては大きいようにも思えた桐箱を開けると、リングケースが二つ納められており、滝沢がまたそれぞれの蓋を開けた。
片方のリングケースの中には、シンプルなデザインの指輪が一つだけ納められており、もう一方の箱には二つの指輪が収められていた。
二つのリングの片方は、指輪全体をぐるりと包むように小ぶりなダイヤがちりばめられており、もう一方の指輪には、プラチナの台座に大きなダイヤがはめ込まれている。どちらか片方だけを使っても十分華やかな品だけど、重ね付けすることで、一際存在感を放つデザインとなっている。
「え、これ、私にですか?」
一目で高価な品とわかる指輪に、実音は戸惑いを隠せない。
彼が資産家であることは重々承知しているけど、それでもこれは契約結婚の相手に送るような品ではない。
体裁を整えるために安価な指輪を買いに来たのだと思い込んでいた実音は、戸惑ってしまうのだけど、海翔は気にしいている様子はない。
「サイズは九号でいいと思ったんだが」
軽い口調でそんなことを言いながら、実音の左手を取り、その薬指に二つの指輪を嵌める。
彼の見立て通り、指輪はピッタリと実音の左手薬指に収まった。
でもその彼の躊躇いのない動きに、実音の心が微かに軋んだ。
(海翔さん、女性に指輪を贈りなれている)
こちらのサイズを確認することなく、結婚指輪を用意できるのは、そういうことなのだろう。
彼がモテることなどわかりきっていたことなのに、その事実が小さな棘のように実音の心を痛ませる。
「デザインが気に入らないなら、他のものを選びなおせばいい」
指輪に視線を落としたまま黙りこんでいると、海翔が言う。
その言葉に顔を上げると、指輪のセレクトを任された滝沢が神妙な面持ちでこちらの様子を窺っている。
この場の空気を悪くしてはいけないと、実音は胸に湧く感情を飲み込んだ。
「いえ。素敵な指輪に驚いていただけです」
ぎこちなくならないよう気を付けながら微笑むと、実音の言葉に滝沢ホッと胸をなで下ろす。
小さくうなずいた海翔は、滝沢に顔を向けて「あと、彼女に似合う服やアクセサリーを選ぶ手伝いをたのみたい」と声をかける。
「え、海翔さんっ」
部屋に並べられている品々がなんなのか気にはなっていたけど、実音のために準備されていたものだと言われて焦る。
「買い物に付き合ってほしいと言っただろ」
海翔はそんなふうに言うけど、実音としては、彼の買い物に付き合うだけのつもりでいたのだ。
「海翔さんの買い物をするんじゃないんですか?」
「俺の妻として実音に必要になるものを揃えたい。この先、俺の妻として公の場に同伴してもらうこともあるだろうから」
そう言われると、返す言葉がない。
実音としては、遼介との結婚のために揃えた花嫁道具を持ち込むのは、彼に失礼だと思ったのだけど、それはそれで彼の体裁を悪くする行為だと気付けなかった。
「すみません」
自分の浅はかさを詫びる実音に、彼は不思議そうに首をかたむける。
「ちょうどよかったんじゃないのか?」
「え?」
「どうせ君のことだ、両親が選んだ花嫁道具に納得していなかったんだろう? それでも遠慮から、自分の意見を飲み込んでいた」
「どうして、それを……」
彼の言葉に、実音は目を丸くする。
両親を傷付けてしまうような気がして言いだせずにいたけど、実音は母の茜が率先して選んだ服や装飾品があまり好みではなかった。
控えめな色合いやデザインのそれらは、控えめで、夫に口答えなどしない貞淑な女性を連想させて、母には似合うのだろうけど実音にはしっくりきていなかったのだ。
「ずっと、見ていたからそれくらいわかるよ」
冷めた口調で話す海翔は、咳払いをして付け足す。
「人間の顔というのは、自分で思っている正直だ。服に限らず、好きでもないものを我慢して身の回りに置いていると、それが表情に出て、その人をつまらない人間に見せてしまう」
俺を見ろと言いたげに、海翔は軽く手を挙げた。
ファッションというより、人生そのものを自分の意思で選び取ってきた彼は、強烈な存在感を放っている。
そんな彼が言うのだから、その意見には納得せざるを得ない。
「海翔さんらしいです」
実音がうなずくと、海翔は誇らしげに目を細める。
「俺の妻になるなら、実音にも自分が好きだと思えるものを身に着けてほしい。形だけとはいえ、妻である以上、大事にしたいとは思っている」
だからどうぞと、海翔は滝沢が事前に準備しておいてくれた品々を示す。そこから自分の好みに合ったものを探せということだ。
「もうう十分、大事にしてもらっています」
実音がそう言っても、海翔は知らん顔だ。
もちろん彼が桁外れの資産家であることは承知しているけど、このデパートの客層や、前回届けられた品から考えて、どれもそれなりに値の張るものだとわかるので困る。
彼の性格上、実音が自分で支払うことなど認めてくれないだろうし……
「必要になりそうなものを数点、選ばしてもらいます」
このまま彼の隣に座っていても埒が明かない。覚悟を決めて、実音は立ち上がった。
自分は取引をして彼の妻になったのだ。
今の状態では駄目だと海翔が言うのであれば、実音には彼に納得してもらえるよう自分を変化させる必要がある。
金銭的に彼に返せるものがないのであれば、形で返していくしかないのだから、ここで遠慮していても仕方ない。
そう納得して動き出そうとした実音に、海翔が声をかける。
「その前に、これを嵌めてもらえると嬉しいのだけど」
『これ』と彼が視線で示すのは、リングケースに残されたままになっている彼の分の指輪をだ。
自己主張されて初めて、彼の分の指輪がほったらかしになっていたことに気付いた。
「す、すみません」
実音は浮かしかけた腰を再び下ろして、リングケースに残されていた指輪を手に取った。
自分のものよりかなり大きい指輪のサイズに、今さらながらに彼は自分とは違う種類の生き物なのだと実感する。
「失礼します」
なんとなく律儀に断りを入れて取り上げた手は、長い指や関節の節が目立っていて男らしい。
自分と彼との違いにいちいちドキドキしながら、実音が彼の左手薬指に指輪を嵌めて顔を上げると海翔と目が合った。
「ありがとう」
自分の指に収められた指輪と実音を見比べた彼は、その存在を確かめるように指輪に口付ける。
その恐ろしくキザな仕草も、彼がすると様になる。
実音は胸を軽く叩いて自分を落ち着けると、今度こそ滝沢の元へと向かった。
「八神様、この度はご結婚おめでとうございます。お申し付けのとおり、奥様への贈り物の品々、こちらで見立てさせていただきました」
二人を出迎えたスーツ姿の男性は、胸に手を当てて腰を折る。髪を綺麗に整え、細いフレーム眼鏡が印象的な彼が姿勢を戻すと、胸元のネームプレートに『滝沢』と印字されているのが見た。
彼、滝沢の言葉に、実音は傍らに立つ海翔を見た。
だけど彼は目を合わせることなく、実音の肩に腕を回して「まずは指輪を見せてもらっていいかな?」と滝沢に声をかける。
「ええ、ええ、もちろんでございます」
眼鏡の奥の目を細めて、滝沢は二人を来客用のソファーに座らせると、実音に改めて自己紹介をし、蓋に金箔で『寿』と書かれている桐箱を運んできた。
「八神様のものはシンプルなデザインで、奥様のものは最高級の品をといことでしたので」
そう話しながら、滝沢は手袋を嵌めて、厳かな手つきで桐箱を開ける。
指輪をしまうにだけにしては大きいようにも思えた桐箱を開けると、リングケースが二つ納められており、滝沢がまたそれぞれの蓋を開けた。
片方のリングケースの中には、シンプルなデザインの指輪が一つだけ納められており、もう一方の箱には二つの指輪が収められていた。
二つのリングの片方は、指輪全体をぐるりと包むように小ぶりなダイヤがちりばめられており、もう一方の指輪には、プラチナの台座に大きなダイヤがはめ込まれている。どちらか片方だけを使っても十分華やかな品だけど、重ね付けすることで、一際存在感を放つデザインとなっている。
「え、これ、私にですか?」
一目で高価な品とわかる指輪に、実音は戸惑いを隠せない。
彼が資産家であることは重々承知しているけど、それでもこれは契約結婚の相手に送るような品ではない。
体裁を整えるために安価な指輪を買いに来たのだと思い込んでいた実音は、戸惑ってしまうのだけど、海翔は気にしいている様子はない。
「サイズは九号でいいと思ったんだが」
軽い口調でそんなことを言いながら、実音の左手を取り、その薬指に二つの指輪を嵌める。
彼の見立て通り、指輪はピッタリと実音の左手薬指に収まった。
でもその彼の躊躇いのない動きに、実音の心が微かに軋んだ。
(海翔さん、女性に指輪を贈りなれている)
こちらのサイズを確認することなく、結婚指輪を用意できるのは、そういうことなのだろう。
彼がモテることなどわかりきっていたことなのに、その事実が小さな棘のように実音の心を痛ませる。
「デザインが気に入らないなら、他のものを選びなおせばいい」
指輪に視線を落としたまま黙りこんでいると、海翔が言う。
その言葉に顔を上げると、指輪のセレクトを任された滝沢が神妙な面持ちでこちらの様子を窺っている。
この場の空気を悪くしてはいけないと、実音は胸に湧く感情を飲み込んだ。
「いえ。素敵な指輪に驚いていただけです」
ぎこちなくならないよう気を付けながら微笑むと、実音の言葉に滝沢ホッと胸をなで下ろす。
小さくうなずいた海翔は、滝沢に顔を向けて「あと、彼女に似合う服やアクセサリーを選ぶ手伝いをたのみたい」と声をかける。
「え、海翔さんっ」
部屋に並べられている品々がなんなのか気にはなっていたけど、実音のために準備されていたものだと言われて焦る。
「買い物に付き合ってほしいと言っただろ」
海翔はそんなふうに言うけど、実音としては、彼の買い物に付き合うだけのつもりでいたのだ。
「海翔さんの買い物をするんじゃないんですか?」
「俺の妻として実音に必要になるものを揃えたい。この先、俺の妻として公の場に同伴してもらうこともあるだろうから」
そう言われると、返す言葉がない。
実音としては、遼介との結婚のために揃えた花嫁道具を持ち込むのは、彼に失礼だと思ったのだけど、それはそれで彼の体裁を悪くする行為だと気付けなかった。
「すみません」
自分の浅はかさを詫びる実音に、彼は不思議そうに首をかたむける。
「ちょうどよかったんじゃないのか?」
「え?」
「どうせ君のことだ、両親が選んだ花嫁道具に納得していなかったんだろう? それでも遠慮から、自分の意見を飲み込んでいた」
「どうして、それを……」
彼の言葉に、実音は目を丸くする。
両親を傷付けてしまうような気がして言いだせずにいたけど、実音は母の茜が率先して選んだ服や装飾品があまり好みではなかった。
控えめな色合いやデザインのそれらは、控えめで、夫に口答えなどしない貞淑な女性を連想させて、母には似合うのだろうけど実音にはしっくりきていなかったのだ。
「ずっと、見ていたからそれくらいわかるよ」
冷めた口調で話す海翔は、咳払いをして付け足す。
「人間の顔というのは、自分で思っている正直だ。服に限らず、好きでもないものを我慢して身の回りに置いていると、それが表情に出て、その人をつまらない人間に見せてしまう」
俺を見ろと言いたげに、海翔は軽く手を挙げた。
ファッションというより、人生そのものを自分の意思で選び取ってきた彼は、強烈な存在感を放っている。
そんな彼が言うのだから、その意見には納得せざるを得ない。
「海翔さんらしいです」
実音がうなずくと、海翔は誇らしげに目を細める。
「俺の妻になるなら、実音にも自分が好きだと思えるものを身に着けてほしい。形だけとはいえ、妻である以上、大事にしたいとは思っている」
だからどうぞと、海翔は滝沢が事前に準備しておいてくれた品々を示す。そこから自分の好みに合ったものを探せということだ。
「もうう十分、大事にしてもらっています」
実音がそう言っても、海翔は知らん顔だ。
もちろん彼が桁外れの資産家であることは承知しているけど、このデパートの客層や、前回届けられた品から考えて、どれもそれなりに値の張るものだとわかるので困る。
彼の性格上、実音が自分で支払うことなど認めてくれないだろうし……
「必要になりそうなものを数点、選ばしてもらいます」
このまま彼の隣に座っていても埒が明かない。覚悟を決めて、実音は立ち上がった。
自分は取引をして彼の妻になったのだ。
今の状態では駄目だと海翔が言うのであれば、実音には彼に納得してもらえるよう自分を変化させる必要がある。
金銭的に彼に返せるものがないのであれば、形で返していくしかないのだから、ここで遠慮していても仕方ない。
そう納得して動き出そうとした実音に、海翔が声をかける。
「その前に、これを嵌めてもらえると嬉しいのだけど」
『これ』と彼が視線で示すのは、リングケースに残されたままになっている彼の分の指輪をだ。
自己主張されて初めて、彼の分の指輪がほったらかしになっていたことに気付いた。
「す、すみません」
実音は浮かしかけた腰を再び下ろして、リングケースに残されていた指輪を手に取った。
自分のものよりかなり大きい指輪のサイズに、今さらながらに彼は自分とは違う種類の生き物なのだと実感する。
「失礼します」
なんとなく律儀に断りを入れて取り上げた手は、長い指や関節の節が目立っていて男らしい。
自分と彼との違いにいちいちドキドキしながら、実音が彼の左手薬指に指輪を嵌めて顔を上げると海翔と目が合った。
「ありがとう」
自分の指に収められた指輪と実音を見比べた彼は、その存在を確かめるように指輪に口付ける。
その恐ろしくキザな仕草も、彼がすると様になる。
実音は胸を軽く叩いて自分を落ち着けると、今度こそ滝沢の元へと向かった。