買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
それから三日後、十一月最初の木曜日、人で賑わう街並みをヤガミのロゴが入った封筒を抱えるようにして歩いていた実音は、誰かに肩を叩かれた。
足を止め振り向くと、首元を鮮やかな色合いのスカーフで飾り、黒のパンツスーツ姿の女性が立っていた。
手には、女性が持つにしては無骨なデザインのアタッシュケースをさげている。
ちょうど昼休みになるタイミングということもあり、オフィスビルと商業施設が混在するこのエリアは、ファッション誌から抜け出してきたようなお洒落な女性が多く行き交っている。そんな街角でも突出した存在感を放つ女性の顔を、実音は覚えていた。
「牧村さん」
実音が名前を呼ぶと、牧村はニコリと笑う。
「やっぱり、この前、海翔と一緒にいた子よね。えっと、名前は……」
牧村は頬に指を添えて記憶を辿る。
だけど先日彼女と会った時、実音は自己紹介をしそびれたので名前が出てこないのだろう。
「実音です」
苗字を名乗ることを避けて、名前だけを口にする。
失礼かなとも思ったのだけど、牧村は気を悪くした様子もなく「実音ちゃんね」と笑う。
「貴女も八神と待ち合わせ?」
気さくな感じで投げかけられたその言葉で、彼女は海翔と約束をしているのだとわかって、実音は胃の下がざらつくのを感じた。
「いえ……私は、そこのホテルのラウンジで、人と会う約束をしていて」
動揺から、ごまかすことも忘れて正直に応えると、牧村は、実音の示したホテルを見上げた。
そこは一般的にはシティーホテルに定義される部類のもので、宿泊だけでなく、ラウンジやレストランの利用だけを目的として訪れる人も多い。
ホテルを仰ぎ見た牧村は、すぐに興味をなくしたのか、実音へと視線を向けて話題を変える。
「私、八神のことで、貴女に謝らなきゃいけないことがあったのよ」
「――っ!」
彼女のその言葉に、実音は心臓を締め付けられるような痛みを感じた。
「八神は誰も愛さないって言ったけど、あれ間違えだったわ。アイツに、あんなに情熱的な一面があるなんて……」
牧村のそ話を遮るように「実音」と鋭い男性の声が聞こえてきた。
見ると、片手にキャリーケース携えたスーツ姿の男性が、こちらを睨んでいる。
不機嫌な表情でこちらを見ている男性の姿に、無意識に封筒を抱える手にも力が入る。
「知り合い?」
ちょっと警戒するような眼差しを男性に向ける牧村に聞かれ、実音は無言でうなずく。
無意識に書類を抱える手に力がこもる。
話の続きを聞ける雰囲気ではないけど、彼女がなにを言おうとしたのか、おおよその想像はつく。
誰も愛すことのないと思っていた海翔に、愛する人ができたと言いたかったのだ。
しかもその相手は、牧村ということだろう。
あの日、牧村に再会した海翔は、彼女を見て『俺にはお前がいたな』と呟いて、立ち去ろうとする彼女を呼び止めて、なにか話していた。
そして彼女になにか頼み事をしたと話していた海翔は、実音に隠れて彼女と会っている。
(海翔さんは、牧村さんのことを愛しているんだ)
きっと海翔はあの日、偶然再会した牧村の姿を見て、自分が誰を愛しているのかを気付いたのだろう。
彼女の顔を見るなり呟いた言葉が、その証拠だ。
実音は、牧村の顔をまっすぐに見上げた。
世界的に有名なジュエリーブランドのマネージャーを務める彼女は、傲った雰囲気がなくて、気のいい人なのだということが伝わってくる。
彼が愛したのが、彼女のような人でよかった。
「海翔さんのこと、よろしくお願いします」
背筋を伸ばして一礼すると、実音は自分を待っている男性の方へと向かった。
足を止め振り向くと、首元を鮮やかな色合いのスカーフで飾り、黒のパンツスーツ姿の女性が立っていた。
手には、女性が持つにしては無骨なデザインのアタッシュケースをさげている。
ちょうど昼休みになるタイミングということもあり、オフィスビルと商業施設が混在するこのエリアは、ファッション誌から抜け出してきたようなお洒落な女性が多く行き交っている。そんな街角でも突出した存在感を放つ女性の顔を、実音は覚えていた。
「牧村さん」
実音が名前を呼ぶと、牧村はニコリと笑う。
「やっぱり、この前、海翔と一緒にいた子よね。えっと、名前は……」
牧村は頬に指を添えて記憶を辿る。
だけど先日彼女と会った時、実音は自己紹介をしそびれたので名前が出てこないのだろう。
「実音です」
苗字を名乗ることを避けて、名前だけを口にする。
失礼かなとも思ったのだけど、牧村は気を悪くした様子もなく「実音ちゃんね」と笑う。
「貴女も八神と待ち合わせ?」
気さくな感じで投げかけられたその言葉で、彼女は海翔と約束をしているのだとわかって、実音は胃の下がざらつくのを感じた。
「いえ……私は、そこのホテルのラウンジで、人と会う約束をしていて」
動揺から、ごまかすことも忘れて正直に応えると、牧村は、実音の示したホテルを見上げた。
そこは一般的にはシティーホテルに定義される部類のもので、宿泊だけでなく、ラウンジやレストランの利用だけを目的として訪れる人も多い。
ホテルを仰ぎ見た牧村は、すぐに興味をなくしたのか、実音へと視線を向けて話題を変える。
「私、八神のことで、貴女に謝らなきゃいけないことがあったのよ」
「――っ!」
彼女のその言葉に、実音は心臓を締め付けられるような痛みを感じた。
「八神は誰も愛さないって言ったけど、あれ間違えだったわ。アイツに、あんなに情熱的な一面があるなんて……」
牧村のそ話を遮るように「実音」と鋭い男性の声が聞こえてきた。
見ると、片手にキャリーケース携えたスーツ姿の男性が、こちらを睨んでいる。
不機嫌な表情でこちらを見ている男性の姿に、無意識に封筒を抱える手にも力が入る。
「知り合い?」
ちょっと警戒するような眼差しを男性に向ける牧村に聞かれ、実音は無言でうなずく。
無意識に書類を抱える手に力がこもる。
話の続きを聞ける雰囲気ではないけど、彼女がなにを言おうとしたのか、おおよその想像はつく。
誰も愛すことのないと思っていた海翔に、愛する人ができたと言いたかったのだ。
しかもその相手は、牧村ということだろう。
あの日、牧村に再会した海翔は、彼女を見て『俺にはお前がいたな』と呟いて、立ち去ろうとする彼女を呼び止めて、なにか話していた。
そして彼女になにか頼み事をしたと話していた海翔は、実音に隠れて彼女と会っている。
(海翔さんは、牧村さんのことを愛しているんだ)
きっと海翔はあの日、偶然再会した牧村の姿を見て、自分が誰を愛しているのかを気付いたのだろう。
彼女の顔を見るなり呟いた言葉が、その証拠だ。
実音は、牧村の顔をまっすぐに見上げた。
世界的に有名なジュエリーブランドのマネージャーを務める彼女は、傲った雰囲気がなくて、気のいい人なのだということが伝わってくる。
彼が愛したのが、彼女のような人でよかった。
「海翔さんのこと、よろしくお願いします」
背筋を伸ばして一礼すると、実音は自分を待っている男性の方へと向かった。