買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
 有坂の家を訪れてから十日後。
 実音が海翔と暮らすマンショを、帰国した奏太が訪問した。
「いいところに住んでるな」
 リビングに通された奏太は、部屋をぐるりと見わたして言うと、少し困ったような顔をして、出迎えた海翔と挨拶を交わした。
「父から、一通りのことは聞いています」
 無駄な話を嫌う兄は、ソファーに腰を下ろすと、実音がお茶を出すのも待たずに、単刀直入にそう切り出す。
「そうですか。で、どう思いましたか?」
 話を聞いた直後は、かなりの衝撃を受けていた海翔だけど、今は落ち着きを取り戻し、持ち前の強気な表情を見せている。
 海翔に探るような眼差しを向けられた奏太は、いたって真剣な表情で返す。
「しょうもない親を持つと、お互い苦労しますね。というのが、僕の率直な感想ですかね。犯罪を犯さないだけで、ウチの父もかなりくだらない人間ですから」
 いつも通りの冷めた口調で自分の父を切って捨て、兄は話を続ける。
「どれほどくらいくだらないかと言えば、僕が実音に会いに行くと言ったら、説得して別れさせてこいと命令してきたくらいですから」
 何故いまだに、息子が父親の言いなりにならないことが理解できないのだと、奏太は心底不思議そうな顔をする。
「彼女を説得するつもりですか?」
 一応といった感じで確認する海翔に、奏太は肩をすくめてみせる。
 言葉にすることなく、お互いの表情でその答えはわかっているという感じだ。
「実音、幸せか?」
 不意にこちらに視線を向けて、奏太が実音に問いかける。
 根っからの理系人間である兄は、時々こうやって会話が飛ぶ。たぶん本人の頭の中では、質問までの筋道がちゃんとあるのだろうけど、文系の思考回路を持つ実音としては時々戸惑ってしまう。
 それでも実音は、「はい」と胸を張ってうなずいた。
「そうか。なら、遠慮なく父さんを見捨てろ」
「本当にいいの?」
 戸惑いつつ尋ねる実音に、奏太は問題ないとうなずく。
「僕は自分の意思で会社に残っているけど、それは好きでやっていることだ。だから実音も、好きにすればいい」
「ありがとう」
「それに海翔さんも、愛情を持って妹と結婚しただけなんだから、嫌な思いをしてまで、その家族と関わったり、有坂テクトを助ける必要はない。でないとフェアじゃない」
 フェアじゃない――という言葉は、兄が、海翔と彼の母を件を無関係として扱うのだから、海翔も実音と実音の家の問題を切り離して考えていいということなのだろう。
 兄のその言葉に、嬉しそうに目を細めた海翔だが、すぐに悪ガキのような表情を見せて言う。
「でも俺は、実音を通して出会った貴方のことを、義兄として慕わせてほしいと思ってますよ」
 海翔の言葉に、奏太は、一瞬面食らった顔をする。
「なるほど」
 そう返して、視線を落とす。
 自分はかなりストレートな物言いをするくせに、海翔の言葉が恥ずかしかったらしい。
 立場としては義兄になるが、年齢的には海翔の方が年上なので、よけいに反応にこまっているのかもしれない。
「ただお言葉に甘えて、有坂テクトへの融資は打ち切らせてもらいたいと思います。そうでないと、今後も実音が金で買われた嫁と影で言われかねない」
 奏太は、無言でうなずく。
「それで結構。結婚は自分たちの幸せのためにするものだ」
 海翔の方はといえば、そんな兄の反応を楽しむようにニッと口角を持ち上げて言う。
「その代わりと言ってはなんですが、これからも有坂テクトの立て直しに奮闘する義兄さんに、一代でこれだけの地位を築いた俺の秘訣を教えてあげます」
「?」
「それは、ビジネスでも恋愛でも、『人間は、苦労した分幸せになれる。だから幸せになることを諦めるな』そう信じて欲張りに生きることです」
 そう話しながら、海翔は自分の傍らに置いていた封筒をテーブルの上に置く。
 ヤガミのロゴが入ったA4サイズの封筒は、以前、海翔が実音に渡したもので、今は実音独自で調べた資料も入っている。
 少しくたびれた封筒を見て、怪訝な顔をする奏太に、海翔は自分の企みを話した。
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