プレイボーイと恋の〝賭け〟引き
 午前に外出先での仕事を終え、午後に自社に戻ってきた莉都花はデスクワークに勤しんでいた。

 じっと座って作業するのは好きではないが、これも大事な仕事だから疎かにはできない。しっかりと集中して取り組んでいたが、ずっと座っていると体が凝り固まってきた。

 これではかえって集中力を欠いてしまうと、軽く伸びをしてから席を立つ。このあとの作業の効率を上げるためにも、いったん休憩を入れようと、莉都花は持参のマグカップを手に給湯室へと向かった。

 肩に手を添え、軽く揉むようにして肩をほぐしながら歩く。給湯室の入り口近くまで来れば、誰かの話し声が聞こえてきた。

 はつらつとした声とおっとりとした声。どちらもとても聞き覚えのある声だ。

「千紗、最近ちょっと楽しそうじゃない? いいことあった?」
「ふふっ、朱里さんは、いいことがあるとすぐに気づく」
「ふーん、やっぱりいいことあったんだ」
「そうですね。ずっとモヤモヤしてたことが解決したんです。そのおかげでまた恋ができて。こんなにドキドキするの久しぶりなんです」
「えーっ! 何それ! あとで詳しく聞かせなさいよ」
「いや、私が好きなだけで、両想いってわけじゃないから。でも、片想いでもいいんです。幸せだから」

 あと数歩で給湯室内に到着するはずが、莉都花の足はそこで止まってしまった。

 千紗の話に胸が強く痛む。彼女の恋の相手は疑いようもなく彼だろう。

 柊仁と千紗が話し合った翌日、千紗の表情は柊仁と同様晴れ晴れとしており、彼女もちゃんと過去と向き合えたのだとわかった。

 莉都花にも「ありがとう」と言ってくれたし、柊仁とのことはすっかり吹っ切れたのだと思った。

 たぶん、それ自体は間違いではない。でも、そうして吹っ切れたことで、きっともう一度恋が芽生えてしまったのだろう。

 せっかく千紗が恋をしたというのに、莉都花はその恋を応援できない。互いに恋の障害になってしまうのだという事実に、切なく胸が痛んだ。

 莉都花は空のマグカップを持ったまま自席へと戻り、嫌な感情を振り切るように仕事に没頭していた。
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