ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
1.突然の婚約破棄
「エリス・ウィンザー! 今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――っ!?」
ウィンザー公爵家の長女エリスが、婚約者である王太子ユリウスから破断の宣告を受けたのは、シーズン最初の王宮舞踏会が始まったばかりのときだった。
スフィア王国の伯爵位以上の貴族・淑女らが大勢集まる中、まるで見世物のように、エリスは婚約破棄を言い渡されたのだ。
けれど、当のエリスには破棄される覚えがまったくなかった。本当に、何一つとして……。
「あの……殿下、理由を……どうか理由をお聞かせくださいませ」
エリスはユリウスに縋ろうとする。
今身に着けているドレスだって、ユリウスがこの日のためにプレゼントしてくれたものだ。
君の亜麻色の髪と、瑠璃色の瞳に映えるだろう――そう言って、一月前に贈ってくれた淡い紫の美しいドレス。
それなのに、どうして急に……と。
だが、ユリウスはエリスの手を振り払い、大声で衛兵を呼ぶ。
「あの男をここへ連れてこい!」
そうして連れてこられたのは、下位貴族らしき二十歳前後の男だった。
その男は衛兵二人に引きずられるようにして、ユリウスの御前で無理やり額を床にこすりつけられている。
ユリウスはその男を憎らし気に見下ろし、怒りに声を震わせた。
「言え! お前の罪状は何だ……!」
その声に、ヒッと小さく悲鳴を上げ、男はぼそぼそと何かを告げる。
「わ……私は……ウィンザー公爵家のエリス嬢と……………」
「もっとこの場の全員に聞こえるように話せッ!」
「――ッ! わ……私はそこにいらっしゃるエリス嬢と通じました! 本当に申し訳ございません……ッ!」
刹那、ざわり――と空気が波打った。
会場全体がエリスを睨みつけている。
だがやはり、エリスにはまったくもって身に覚えのないことだった。
< 1 / 136 >