ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 エリスは市民たちの声を聞きながら、式典前にマリアンヌから言われたことを思い出す。

「アレクお兄さまはパレードが大のお嫌いで、一度も手を振ったことがないのよ。それどころか、警備を優先したいと言ってパレードをすっぽかしたこともあるの。流石にそのときはクロヴィスお兄さまも激怒されて、そういう態度なら軍を辞めさせるって大喧嘩になっていたわ。わたくしが思うに、アレクお兄さまが皇族の礼服をお召しにならないのは、クロヴィスお兄さまへのせめてもの反抗心の表れなのよ。身体は大きいのに、やることが子供みたいでしょう?」――と。

 エリスはそれを聞いたとき、思わずクスリと笑ってしまった。
 本当は呆れるところなのかもしれないが、その人間味のあるエピソードをとても微笑ましく思ったからだ。

(最初はどれほど冷酷な方かと思っていたのに……)

 アレクシスに嫁いできたばかりのときは恐ろしくてしかたなかったのに、気付けばすっかりそんな気持ちは消え失せている。

 その最たる理由は、マリアンヌが話してくれるアレクシスの人間像のおかげだろう。
 お茶会のときの『アレクシスの好き嫌い』についての話題や、今のような『パレードをすっぽかしてクロヴィスに激怒される』エピソードなどが、アレクシスも自分と何ら変わらない、感情を持った人間であることを教えてくれるから。


(きっと殿下は今、仏頂面をしてるわね。隣で見られないのが残念だわ)

 ――エリスは不意にそんなことを考えて、ひとり頬を緩めるのだった。
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