ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
明らかに人を探しているという風に、広場の中を右往左往する少年。
歳は十に届かないくらいか。裕福な家の出なのだろう、それなりにいい身なりをしている。
そんな彼に、大人たちは時折立ち止まり声をかけるのだったが、皆一言、二言言葉を交わすと、困惑気な顔をして立ち去ってしまう。
その様子を見て「もしや」と思ったエリスが少年に近づくと、彼が話していたのは帝国語ではなく、ランデル王国の言葉だった。
(やっぱり、言葉が通じないのね。帝国内でランデル語を話せる人は殆どいないだろうし、わたしが助けてあげなくちゃ)
ランデル王国は隣国とはいえ、帝国から見れば小国だ。
そのため帝国民でランデル語を扱えるのは、王侯貴族を除けば、貿易商か外交官くらいのものである。
そもそも、この大陸の公用語は帝国語であり、帝国民は帝国語さえ話せれば事足りる。
ランデル語に関わらず、貴族でもなければ、他国の言語を理解できる必要はないのだ。
だがエリスは、自身の祖国が小国であることと、なおかつ王子の婚約者だったということもあり、母国語、帝国語のみならず、繋がりのある国の言葉をほとんどマスターしていた。
それに、ランデル王国はシオンの留学先。話せないのはあまりにも不都合が大きかった。