ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 目の前の状況を見過ごせないと考えたエリスは、少年に近づき声をかける。

『誰を探しているの? 親御さん?』

 すると少年は、エリスの流れるようなランデル語を聞き、驚きに目を見開いた。

『言葉が、わかるのか?』
『ええ。わたしの弟が、ランデル王国に住んでいるから。それで、誰を探しているの?』
『妹。シーラっていうんだ。今……七歳で……。さっきまで側にいたのに、気付いたらいなくなってて……』
『そう。はぐれてからどのくらい経つ?』
『十分くらい。……どうしよう、俺、母さんから頼まれてたのに……』
『…………』

 言葉の通じる相手が現れたことで安心したのだろうか。
 少年は今にも泣きだしそうに顔を歪め、けれどそれを堪えるように、ぐっと奥歯を噛みしめる。

 その表情に、エリスはいよいよ放っておけなくなった。
 事情はよくわからないが、何とか妹を見つけてあげなければ、と。

『大丈夫。絶対に見つかるわ。まずは本部に行って、妹さんの特徴を伝えましょう。警備の人たちに探してもらえば、すぐに見つけてくれる。帝国の軍人さんはとっても優秀なのよ。それに、わたしも一緒に探すから。――ね?』

 時計塔の時刻は午後一時を回った頃。
 アレクシスとの待ち合わせは二時だから、まだ一時間近くある。

 それに、本部は今いる場所とは反対側にあるとはいえ、広場の内側だ。
 つまり、アレクシスの「広場から出るな」という言い付けを破ることにはならない。

 もし万が一待ち合わせに遅れそうになっても、本部に待機している軍の誰かに言付けてもらえば大丈夫だろう。


 エリスは少年を安心させようと、目いっぱいに微笑んだ。

『さあ、一緒に妹さんを探しましょう』

 その言葉に、こくりと頷く少年。

 こうして二人は、南門の本部へと歩いて向かった。
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