ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
エリスは確信した。そして、横に立つアデルを振り向いた。
すると、アデルも自分とほぼ同時か、あるいはそれよりも早く、シーラの存在に気付いていたのだろう。
サッと顔色を変え、シーラのいる方に向かって、一目散に走り出す。
『シーラ!』と、大声で妹の名を叫びながら――広場の外側へと、一直線に駆けていく。
エリスは、そんなアデルを追いかけようと、ドレスの裾を持ち上げた。
けれど足を一歩踏み出したところで、脳裏にアレクシスの顔が過り、立ち止まった。
『広場からは出るな』という朝の言葉を思い出したからだ。
「……っ」
エリスはアレクシスの言葉の意味をきちんと理解していた。
情があるかは別として、あれは自分を心配してくれての言葉だった。自分を思いやってくれた上での発言だった。
それを今、自分は裏切ろうとしている。
それが、とても心苦しくて。
けれど今のエリスには、アデルを一人で行かせる選択肢は存在していなかった。
帝国語を話せないアデルやシーラを、二人だけにする訳にはいかない。
もしこのあと彼らに何かあったら、自分は一生後悔する、と。
(約束を守れず申し訳ありません、殿下。でも、きっと時間までには戻って参りますから)
エリスは時計塔を振り返り――唇をきゅっと引き結ぶ。
そして再びドレスの裾を持ち上げると、今度こそアデルの背中を追いかけた。