ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
エリスが呟くと、目の前の男――リアムは目を細め、
「覚えていてくださったとは光栄です」
と、笑みを浮かべる。
だがその表情は前回と比べ、どこか白々しい。
(何だか、前と少し印象が違うわね)
そういえば先ほどリアムは、『先を急いでいたもので』と言っていた。
つまり、彼の笑顔が白々しく感じるのは、早くこの場を立ち去りたいという気持ちの表れなのだろう。
もちろん、それはこちらも同じだが。
エリスはリアムの後方をちらと見やり、アデルの姿がまだ消えていないことを確かめてから、リアムに会釈する。
「先をお急ぎなのでしょう? わたくしも急いでおりますので、これにて」
最後にニコリと微笑んで、サッとリアムの横を通りすぎる。
けれどリアムは何を思ったのか、すぐさまエリスを呼び止めた。
「レディ、お待ちを」と。
「……?」
仕方なくエリスが振り向くと、リアムはなぜか、困惑気に眉を寄せている。
「無礼を承知で申し上げますが……パートナーか、あるいは従者などはお連れでないのですか? 図書館でも、おひとりでいらっしゃいましたよね?」
「……前は、連れておりましたわ」
「では、今は?」
「おりませんけれど……それが何か?」
(前回も思ったけれど、この方、心配性が過ぎるんじゃないかしら。見ず知らずのわたしにこんなことを言うなんて。……それとも、女性は扇子より重いものを持たざるべきという、偏った女性像をお持ちだとか?)