ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 その状況から考えられるのは、恐らく、帝国民は泳げないのだということ。
 確かに帝都は帝国の中央にあるし、海は何百キロも移動した先。
 川はあるが、湖の少ないこの土地で、一般市民が泳ぎを身に着けるのは難しい状況なのだろう。

 となると、目の前のリアムも、果たして泳げるかどうか。

「あなたは泳げますの? 陸軍所属ですわよね?」

 海軍ならまだしも、陸軍が泳ぎの訓練などするだろうか。――いや、多分しない。

 エリスは尋ねながら、今にも川に飛び込もうとアクセサリーを取り外し、地面に放り投げる。
 今は一分一秒を争うとき。礼儀やマナーを気にしている余裕はなかった。

 が、リアムはそんなエリスの腕を掴んで、無理やり制止する。

「私は元海兵。泳ぎには自信があります。ですからここは私に任せて、あなたは安全な場所でお待ちください。レディを危険に晒すなど、私の紳士道に反します」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、二人で参りましょう。わたくしも泳ぎには自信があります。祖国は三方を海に囲まれており、三歳のころから泳ぎを学んでおりましたので。人を救助した経験もございますのよ。あなた様の足は引っ張りませんわ」
「――!? いえ、私は一人で……!」
「それに、あの子たちはわたくしの知人なのです。見ているだけなのは、嫌なのです」
「……!」

 エリスはきっぱりと言い切ると、引き裂いたドレスの裾を捌きながら欄干の上に立ち上がる。

 そうして、リアムが止める間もなく、川に飛び込んだ。
 
< 110 / 136 >

この作品をシェア

pagetop