ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
25.嫉妬と牽制
同じ頃、アレクシスはまさに苛立ちの絶頂にいた。
待ち合わせ時刻はすっかり過ぎたというのに、相手がいつまで経っても現れないからである。
(なぜ、来ない……?)
広場南側の大通りから道を二本ほど入った奥まった路地。
祭りの喧騒から離れた人気の少ないその裏通りに、アレクシスは二十分も前から立っていた。
パレードの後処理やその他もろもろの雑務を全てセドリックに任せ、約束の時間である十三時きっかりに、指定されたこの場所にやってきたのだ。
それなのに、待ち合わせているはずの相手は一向に姿を現さない。
その事実に、アレクシスは苛立ちと焦りを滲ませて呟く。
「リアムの奴、どういうつもりだ」と。
――そう。アレクシスの待ち合わせの相手とは、たった今エリスと共に川で救助活動を行っている、リアム・ルクレールだった。
リアム・ルクレール――アレクシスの中等部からの旧友で、昔はそれなりに親しくしていた男。
侯爵家の嫡男でありながら決して驕り高ぶらず、誰に対しても礼儀正しく、困っている者がいれば迷わず手を差し伸べるような、心根の優しいリアム。
少し頼りないところもあったが、アレクシスはリアムの人柄を好ましく思っていたし、リアムの方もアレクシスを皇子として、友として慕い、支えてくれていた。
だがその関係は、二年前の事件をきっかけに壊れてしまった。
アレクシスが、リアムの妹・オリビアに怪我を負わせてしまったからだ。
アレクシスからしたらそれは事故だったが、けれど、リアムはそうは思わなかったのだろう。
大切な妹が傷付けられたことに激怒したリアムは、アレクシスに、責任を取ってオリビアと結婚するよう迫ってきた。
だが皇子の結婚はそのような簡単なものではないし、そもそも、アレクシスはオリビアを苦手としており、結婚など到底考えられなかった。
だからアレクシスは『皇子と結婚できるのは王女だけだと、お前も知っているだろう』とリアムを諌め、距離を置いたのだ。
だがその後もリアムからは何度も手紙が届き、けれどそれを無視しているうちに、リアムはオリビアと共に領地に引き下がってしまった。