ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

25.嫉妬と牽制


 同じ頃、アレクシスはまさに苛立ちの絶頂にいた。
 待ち合わせ時刻はすっかり過ぎたというのに、相手がいつまで経っても現れないからである。


(なぜ、来ない……?)


 広場南側の大通りから道を二本ほど入った奥まった路地。
 祭りの喧騒から離れた人気の少ないその裏通りに、アレクシスは二十分も前から立っていた。

 パレードの後処理やその他もろもろの雑務を全てセドリックに任せ、約束の時間である十三時きっかりに、指定されたこの場所にやってきたのだ。
 それなのに、待ち合わせているはずの相手は一向に姿を現さない。

 その事実に、アレクシスは苛立ちと焦りを滲ませて呟く。
リアム(・・・)の奴、どういうつもりだ」と。


 ――そう。アレクシスの待ち合わせの相手とは、たった今エリスと共に川で救助活動を行っている、リアム・ルクレールだった。

 リアム・ルクレール――アレクシスの中等部からの旧友で、昔はそれなりに親しくしていた男。

 侯爵家の嫡男でありながら決して驕り高ぶらず、誰に対しても礼儀正しく、困っている者がいれば迷わず手を差し伸べるような、心根の優しいリアム。

 少し頼りないところもあったが、アレクシスはリアムの人柄を好ましく思っていたし、リアムの方もアレクシスを皇子として、友として慕い、支えてくれていた。

 だがその関係は、二年前の事件をきっかけに壊れてしまった。
 アレクシスが、リアムの妹・オリビアに怪我を負わせてしまったからだ。

 アレクシスからしたらそれは事故だったが、けれど、リアムはそうは思わなかったのだろう。
 大切な妹が傷付けられたことに激怒したリアムは、アレクシスに、責任を取ってオリビアと結婚するよう迫ってきた。

 だが皇子の結婚はそのような簡単なものではないし、そもそも、アレクシスはオリビアを苦手としており、結婚など到底考えられなかった。

 だからアレクシスは『皇子と結婚できるのは王女だけだと、お前も知っているだろう』とリアムを(いさ)め、距離を置いたのだ。

 だがその後もリアムからは何度も手紙が届き、けれどそれを無視しているうちに、リアムはオリビアと共に領地に引き下がってしまった。
< 111 / 136 >

この作品をシェア

pagetop