ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
エリスが悪い想像を膨らませているうちに、傷の確認が終わったようだ。
いつの間にか、就寝用のドレスを着せられている。
(もしかして、これも殿下の指示かしら。まさかとは思うけど、殿下自ら傷を数えて、侍女たちの報告に間違いがないか確かめるなんておつもりじゃ……)
そんな有り得ない可能性に思い至り、エリスはゾッと背筋を凍らせた。
すると侍女たちは何を勘違いしたのか、エリスの手を取り、優しく声をかけてくれる。
「エリス様、ご安心を。痕の残りそうな傷はありませんでしたから」
「川に飛び込んだと聞いたときは驚きましたが、これくらいで済んでようございました」
「ですが、今後は決してこんな危険な真似はおやめになってくださいね。殿下のためにも、わたくしたちのためにも……」
「……っ」
刹那――侍女たちの真っすぐな眼差しに、エリスはハッと我に返った。
いけない。全ては自分の妄想だ。考えすぎる悪い癖だ。
「……ええ、そうよね。心配をかけて、ごめんなさい」
エリスは侍女たちに微笑み返す。
アデルとシーラを助けたことに後悔はない。川に飛び込んだのも、確かに勝算があったからだ。
だが、こうして心配してくれる侍女たちのことを、自分は少しでも考えただろうか。
自分の浅はかな行動で、彼女たちに迷惑をかけてしまうかもしれないと、想像しただろうか。
エリスは、ぐっと拳を握りしめる。
(とにかく、殿下の誤解を解かなければ)
浴室の向こう、寝室には、アレクシスがいるはずだ。
『身体を温めたら傷の手当てをする。それが終わったら、君に話がある』と、そう言っていたから。
(しっかりするのよ、エリス。ユリウス殿下のときの二の舞にだけは、絶対にならないように)
エリスは覚悟を決め、きゅっと唇を引き結ぶ。
そして侍女たちに促され、扉の向こうへと、足を一歩踏み出した。