ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
――そうこう考えている間に、左足の手当ても終わってしまった。
次は腕だが、怪我のほとんどは足に集中しており、腕はそれぞれ二ヵ所しか怪我がない。
(ああ、手当てはもう終わってしまうな……。俺もそろそろ心を決めなければ)
潔く、振られる覚悟を。
アレクシスはエリスの左足をそっと床に降ろすと、エリスを見上げた。
「足の手当てはすべて終わった。次は左腕だ。隣に座っても構わないか?」
「……っ、……は……い」
ああ、やはりエリスは自分を恐れているのだろう。
いつもと比べ、明らかに表情が暗い。視線が合わない。
ずっと何か言いたげにしているが、結局言い出せずにいるのが手に取るようにわかる。
(やはり、ここは俺の方から気持ちを聞いてやるべきだな)
アレクシスは左側に座り、腕を取って傷を観察しながら、できるだけ優しい声でエリスに問う。
「馬車の中で、君の言葉を遮ってすまなかった。遅くなったが話を聞こう。あのとき、君は何を言おうとしていた? 君は以前、俺のことを恐くないと言ったが……今も同じ気持ちか?」
アレクシスがエリスの寝室に入ったのは、これが三度目。
一度目は初夜で。二度目は舞踏会の夜。そして、三度目は今。
初夜ではエリスの心も体も傷つけてしまったし、舞踏会のときだって、自分が側についなかったためにエリスを危険な目に合わせてしまった。
今日も、間違いなく自分はエリスを怖がらせた。
そもそも自分は決して愛想がいい方ではないし――いや、むしろ愛想など皆無だし、エリスが自分を恐れない理由を探す方が難しい。
エリスは以前、『今は怖くない』と言ってくれたが、だとしても、好かれる理由など一つも見当たらないのだから。