ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 アレクシスは腕の消毒をし始めながら、エリスの言葉を待つ。
 するとエリスは、慎重に唇を開いた。

「今の殿下は……少し、恐いです。……だって殿下は、わたくしに怒っていらっしゃるでしょう? 川でわたくしが一緒にいた、リアム様との仲を……殿下は……誤解していらっしゃるから」
「…………。………!?」

 ――が、エリスの口から出た言葉に、アレクシスは目を見開いた。
 その言葉の意味が、すぐには理解できなかったからだ。

 アレクシスは確かに怒っていたが、それはエリスとリアムの仲を疑っているからでは微塵もないし、そもそも、アレクシスがエリスの口から聞きたいのは、そんな話ではない。

 困惑を隠せないアレクシスに、エリスは言葉を続ける。

「信じてくださらないかもしれませんが、あの方とは帝国図書館で一度お会いしたことがあるだけなのです。今日も子供たちを追いかけているときに、偶然出くわしただけのこと。ですからわたくし、殿下を裏切る真似は決してしておりませんわ。神に誓って」
「…………」

 首から上をこちらに向け、懇願するように自分を見上げるエリスの瞳。
 紫がかった美しい瑠璃色の瞳を、不安と緊張に揺らしながら、それでも、しっかりとした意思を込めて見つめてくる。

 けれどその眼差しの理由が、アレクシスにはわからなかった。

(何だ……? エリスは、彼女は、いったい何を言っている?)

 アレクシスは混乱しつつも、必死に思考を巡らせる。

(今の言葉は、つまり、俺がエリスとリアムの仲を疑っていて、そのせいで俺が怒っていると……そういう内容だった。だがエリスは、それは誤解であると言っている。そういうことか?)
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