ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
「俺が馬車の中でも、宮でも君を下ろさなかったのは、君が素足だったからだ。まさか裸足で歩かせるわけにはいかないだろう」
アレクシスは冷静に説明する。
すると、エリスは驚きに顔を染めた。
「……え? それだけ、ですの……?」
「まぁ、他にも理由は色々あるが。水に浸かった君の身体をあれ以上冷やさないようにという目的もあったし、俺が運んだ方が速いという理由も。――とにかく、俺は君に怒っていない。確かにリアムが君の肩を抱いているのを見たときは頭に血が昇ったが、妻のあんな場面を目撃して、平気でいられる方がおかしいと思わないか?」
「……そ……そう、ですわよね」
「いや別に、君を責めているわけじゃないんだが」
「……はい、それは、理解しました」
頷きつつも、はやりどこか腑に落ちない様子のエリスに、アレクシスの心には漠然とした不安が残った。
(本当に理解しているのか?)
と、そんな風に思ってしまう。
だがこれらは全て自分が蒔いた種である。自分がどこまでも言葉足らずな上、エリスの話を遮ってしまったが故に生まれた誤解。
ならば、ここで一つずつ解いていくしかない。
「エリス。他にも何かあるなら言ってみろ。今度はちゃんと聞く」
アレクシスがそう伝えると、エリスは再び驚いた顔をして、少しの間考え込む。
アレクシスはその横顔に『時間がかかりそうだな』と判断し、腕の手当てを終えてしまおうとドレスの袖を大きく捲し上げた――そのときだ。
「――!」
治療対象の二の腕の傷よりも少し上に、赤い何かが覗いた気がして、アレクシスは大きく眉をひそめた。
侍女の報告ではこの位置に傷はなかったはずだが――そう思いながら、袖を更に上へと捲り上げる。
するとそこにあったのは――。
「……なぜだ。どうして、君の肩に火傷の痕がある……?」
――明らかに今日できたものでない、火傷の古傷だったのである。