ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 エリスは唇を嚙みしめる。

 どれだけアレクシスが怖くとも、恐ろしくとも、アレクシスと結婚した事実は変わらない。
 側室とはいえアレクシスの妻になったのだから、務めは果たさなければならない。
 怯えている場合ではないのだ。

 エリスは覚悟を決め、しゅるりと肌着の肩紐を落とす。
 練習したとおり、アレクシスに微笑みかける。

「アレクシス殿下。ふつつかなわたくしではございますが、殿下の妻として、誠心誠意努めたいと思いますわ」――と。

 それは今のエリスにとって、精一杯の言葉だった。
 最大の勇気を振り絞った結果だった。

 けれどそんなエリスを、アレクシスは蔑むように睨みつけた。
 まるで仇か何かを前にしたような顔で、冷たく言い放ったのだ。

「ハッ。勘違いするな。俺がお前を抱くのは皇子としての義務を果たすためであって、それ以上でも以下でもない。俺はお前に興味などないし、この先もずっと、お前を愛するつもりはない」
「……っ」

 刹那、エリスは言葉を失った。

 自分が歓迎されていないことは知っていた。
 けれどまさかここまで酷い言葉を投げつけられるとは、誰が想像しただろう。

 氷のような冷めた瞳でエリスを見下ろし、アレクシスは続ける。

「お前をここには置いてやる。それが陛下の命だからな。だがもし少しでも俺の気分を害すれば、女であろうと容赦はしない。たとえ妻相手でもだ。よく心に刻んでおけ」
「――っ」

(ああ……どうして。どうしてここまで言われなければならないの?)

 そう思っても、口に出すことは許されない。
 もしそれを言ってしまえば、きっと自分は殺されてしまうだろう。

 賢いエリスは瞬時にそう悟った。
 エリスは泣き出したくなる気持ちを必死に心の奥底に押し込め、淑女の笑みを取り繕う。

「わかりましたわ。今後は不用意な発言は控えさせていただきます。全ては殿下の御心(みこころ)のままに」

 するとその返事に、意外にも驚いたように眉を震わせるアレクシス。
 彼は何かを考える素振りを見せたが、結局態度を改めることはなく、無言でエリスをベッドに押し倒した。

「その言葉、よく覚えておけ」

 冷たく吐き捨てて――前戯も殆どせぬままに、アレクシスはエリスの中に、無理やり自身を押し込んだ。
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