ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
アレクシスは、言いにくそうに言葉を続ける。
「俺は先ほど君に伝えたな。『君が俺を拒否するならば、俺はこの先、君への気持ちを胸に秘めておくと決めている』と」
「……はい」
「俺は君が、川での俺の態度を見て、俺の気持ちに気付いたはずだと思ったんだ。だから馬車で君に話しかけられたとき、それについて言及されるのだろうと思い込んでしまった。つまり俺は、あの場で君に振られるのが嫌で、君の言葉を遮ってしまったんだ。今思えば、とても大人げない行動だったと反省している。……本当に、すまなかった」
「……!」
申し訳なさそうに眉を寄せ、それでも、自分を真っすぐに見据えるアレクシスの眼差し。
そこに潜む確かに熱情に、エリスは息をするのも忘れてしまいそうになった。
傷の手当てのために掴まれたままの腕が――熱い。
初夜のときとはまるで正反対の、熱を帯びた力強い瞳に、少しも目が逸らせなくなる。
「あっ……の……、わたくし……」
ああ、こういうとき、いったい何と答えるのが正解なのだろう。
ユリウスのときはどうしていただろうか。
『君が好きだ、エリス』と言って、額に唇を落とすユリウスに、『わたくしもです、殿下』と、返したとき、いったい何を考えていただろうか。
ときめきは確かに存在していた。
ユリウスを愛しいと、そう思う感情は間違いなくあった。
けれど今の様に、喉元が締め付けられるような息苦しさを感じたことは、一度だってない。
(どうして……? あの頃はこんな気持ちにならなかったのに。こんな……、こんな風に胸がつかえることなんて、一度だってなかったわ)
ユリウスを前にすると、いつだって安心できた。彼の優しい笑顔は、傷付いた心を癒やしてくれた。
でもアレクシスは違う。
今こうして改めてアレクシスに見つめられ、生じた感情。
それは恐れこそないものの、強い緊張と、何かが腹の底からせり上がってくるような息苦しさ。それから、妙な動悸。
どちらかと言えばネガティブなものだ。
なら彼が嫌いなのかと聞かれれば、答えはノーで。
『愛している』と言われて、嬉しくないかと問われれば、その答えは『嬉しい』という一択しかなくて。