ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜



 ◆◆◆


 そもそも、この結婚はアレクシスの望んだものではなかった。

 ことの発端は二週間前に遡る。

 長い遠征からようやく帰還したアレクシスは、報告のために側近のセドリックを伴って、第二皇子クロヴィスの執務室を訪れた。
 
 クロヴィスとは、今年で二十五になるアレクシスの異母兄で、皇帝の第一夫人――つまり皇后の長子のことだ。

 この帝国では女帝が認められているために、第二皇子でありながら帝位継承権は第三位だが、次期皇帝に最も相応しい人物だと言われている。

 現在は内政を担当しており、金髪碧眼の眉目秀麗かつ頭の切れる皇子だ。物腰も柔らかで、帝国民からの信頼も厚い。

 だが笑顔の裏で何を考えているのかわからないところがあり、アレクシスは昔から苦手意識を持っていた。


 アレクシスが部屋に入ると、クロヴィスは執務卓から顔を上げニコリと微笑んだ。

「やあ、久しいな、アレクシス。北部はどうなった?」
「特にどうということは。いつも通り力づくでねじ伏せてやりましたよ。詳細はこちらに」

 アレクシスは事務的に答え、書類を提出するとさっさと部屋を後にしようとする。
 けれどそんなアレクシスを呼び止めるクロヴィスの声。
 仕方なく振り向くと、クロヴィスが満面の笑みで自分を見つめていた。

 その笑顔に、アレクシスの胸に一抹の不安が過る。

(この笑顔、嫌な予感しかしない)

 そう思ったのも束の間、クロヴィスの口から信じられない言葉が放たれた。

「お前の結婚相手が決まったよ。式は二週間後だ。準備をしておきなさい」と。

 瞬間、アレクシスは戦慄した。
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