ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 ◇


 その夜、アレクシスはエリスの部屋を訪れた。

 緊張を誤魔化そうと自室で酒を飲みすぎた挙句、「やはり女を抱くなんて無理だ」と逃げ出そうとしたところをセドリックに捕まり、「この薬を飲めば嫌でもできますから」と媚薬を飲まされたせいで足取りは覚束なかったが――セドリックの「もしかしたら、本当に彼女が尋ね人かもしれませんよ」との言葉に励まされ、どうにかこうにかやってきた。

 だが、下着姿のエリスを一目見て落胆した。
 エリスの肩の左右どちらにも、火傷の痕がなかったからだ。

(ああ……違った……)
 
 期待を裏切られたアレクシスは、酒が入っていたことと、エリスが処女ではないと思い込んでいたために、つい強く当たってしまったのだ。
 
「お前を愛する気はない」と。

 その後は夜伽を早く終わらせようと、かなり手荒に抱いてしまった。


 アレクシスはエリスの寝顔を見下ろし、罪悪感に顔を歪める。

 彼は生粋の女嫌いであるが、世の中全ての女性の心が汚れているわけでなはないということを、頭ではきちんと理解していた。

 しかし、今さら後悔しても遅い。

 あれだけ手荒に扱ったのだ。エリスは自分を恐れて、この先二度と近づこうとは思わないだろう。
 そしてその状況こそ、自分が本来願っていたものであるわけだが……。

「…………」

(それなのに、何だ、この不快感は。俺は何をこんなに動揺している)

「――ああ、くそっ」

 アレクシスは苛立ちに任せて後頭部を掻きむしる。

 起こしてわざわざ謝罪するというのもおかしな話だが、かと言って、このままというのも寝覚めが悪かった。

(不本意だが……仕方ない。せめて医者の手配くらい……)

 アレクシスはバスローブを無造作に羽織り、使用人を呼びつける。
 そして、「宮廷医を呼び寄せろ。――ああ、女の医者だ」との指示を出し、自分は部屋を後にしたのだった。
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