ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
そもそも、この帝国では成人した皇子に宮殿を与える習わしがある。
第一皇子にはルビー宮、第二皇子にはサファイア宮、そして、第三皇子のアレクシスにはエメラルド宮を。
それらの宮殿には皇子が使う謁見室や執務室、複数の妃たちを住まわせる為のいくつかの棟やホールがあり、妃たちが何不自由なく暮らせるように設備が整えられている。
だが、アレクシスはいつまでたっても妻を娶ろうとしない。
それどころかアレクシス本人も殆どここを訪れることなく、アレクシスが十八で成人してから約四年もの間、実質主不在の状態だった。
そんな状況でも、使用人たちはいつでも皇子妃を迎え入れることができるよう宮の管理を続けてきた。
それなのにアレクシスは、昨年五度目の婚約が破断になった際に、宮を返還する意思を示したのだ。
だがもし本当にそんなことになれば、ここで働く者たちは全員職を失うことになる。
だから侍女たちは、初めての妃を大切にしなければと、エリスに粗相をするようなことがあってはならないと気を遣っていたのだ。
そんな背景と、エリスの優しく穏やかな性格のためか、エリスは気付けばエメラルド宮に溶け込んでいた。
アレクシスがこの一ヵ月、一度も宮を訪れなかったことも、エリスと使用人の距離を縮めた大きな要因だろう。