ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
◇
「この役立たず――! よもや殿下を裏切るなど、恥を知れ!」
その晩、公爵である父に平手打ちされたエリスは、部屋で謹慎するよう命じられた。
エリスの部屋はこの屋敷で一番狭い。もともと使っていた部屋は、異母妹のクリスティーナに取られてしまったからだ。
そのとき一緒に、亡き母から譲り受けた貴金属や宝石類も奪い取られた。
残されたのは、デザインが古臭いからという理由で置いて行かれたドレスだけ。
エリスはヒリヒリと痛む頬を押さえながら、固いベッドに倒れ込む。
(いったいどうしてこんなことになってしまったのかしら……。わたしは、あの男性のことなんて何も知らないのに……)
本当に、一度も見たことのない男だった。
それなのに、あの男は私の肩に火傷の痕があるのを知っていたという。
(確かにここのところ殿下はわたしに素っ気なかったけれど……まさかこういう理由だったなんて……)
私はこれから先どうなるのだろう。
王太子から婚約を破棄された令嬢に、行く当てなどあるわけがない。
エリスは不安のあまり、両腕で自身の身体を抱きしめる。
エリスが王太子ユリウスと婚約したのは、まだ七歳のときだった。
年齢と家柄が丁度いいからと結ばれた婚約。
だがユリウスはとても優しくしてくれて、エリスは、この人に相応しい女性になりたいと、幼心に決意した。
それから約十年余り。エリスは必死に生きてきた。
婚約して一年後、エリスが八歳のときに実母が病気で死に、父が愛人と再婚したときも、エリスは気丈に振る舞った。
愛人には、実弟シオンと同い年の六歳になる娘、クリスティーナがいた。
つまり、父は少なくとも六年以上浮気をしていたのだが、エリスは父を責めることはしなかった。
だが、そんなエリスの思いを踏みにじるかのように、元平民だった継母と異母妹はやりたい放題に振る舞った。
屋敷の家具を全て入れ替え、宝石商を毎日のように呼び、ドレスを買い漁った。異国から珍しいものを取り寄せては、サロンで周りに自慢していた。
けれど父はそれを注意するどころか助長させる態度を見せ、そんな父親に見切りをつけたエリスは、実弟シオンのためにも自分がしっかりしなければと思ったのだ。
だがまもなくして、父はシオンを他国へ留学させると言い出した。
父は公爵家の入り婿だったから、正当な爵位継承者であるシオンを邪魔に思ったのだろう。
それに反対したエリスは、肩にタバコの火を押し付けられたのだ。