ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
「わたし……は……」
アレクシスに謝られたことは、嬉しいと感じているはずなのに。
誤解が解けて良かったと喜ぶべきところなのに。
気にしていない、わたくしは大丈夫です――そう答えなければならないのに。
心の中がぐちゃぐちゃで、エリスはそれ以上何も言えなかった。
涙を堪えるのに必死で、何一つ言葉を返せなかった。
アレクシスはエリスのその態度に何を思ったか、こう続ける。
「君が望むなら、俺は公務以外で二度と君に触れないと約束しよう。伽もしない。そもそも俺は女が苦手だからな。俺にとっても、その方が都合がいい」
「ですが、それでは子供が……」
「気にするな。俺は第三皇子。兄二人のところに既に子供が八人もいる。弟たちも多い。もし子供ができないことで君を責める者がいたら、"俺が不能だ"とでも噂を流せばいいだろう」
「そんな……それでは、殿下のお立場が……」
この人は本気で言っているのだろうか?
子供がいないということは、自分の地位すら危うくなるということなのに――。
王侯貴族は何よりも血筋を重要視する。
それが皇族ともなれば、長期的な目線で見て兄弟は敵であり、まして味方にはなり得ない。
そのことを、第三皇子であるアレクシスが理解していないはずがない。
「本当にいいんだ。そもそも、俺は妻を娶るつもり自体なかったからな。……まぁ実際は、俺たちはこうして婚姻し、身体の契りを結んでしまったわけだが」
「……はい。……そう、ですわね」
(何かしら……。殿下は何を仰りたいのかしら……)
どこか歯切れの悪いアレクシスを不可解に思いつつ、エリスは言葉の続きを待つ。
するとアレクシスは、何かを考えるように数秒瞼を閉じてから、再びエリスを見つめた。
「率直に言う。俺はこれ以上妻を娶りたくない。そのために、俺と君の仲が良好だと周りに示しておく必要がある。だから今後は、このエメラルド宮に居室を移そうと考えている。君は俺の顔など見たくもないだろうが、できれば朝晩どちらかでも、食事を共にできたらと」
「……!」
「身勝手な言い分だとは理解しているが、どうかよろしく頼む」
エリスを真っすぐに見据えるアレクシスの瞳。
その切実な表情に、エリスは――。