ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ――実際のところ、アレクシスはここ最近の自分の気持ちが分からなくなっていた。

 二週間前、「他の妻を娶りたくない」という身勝手な都合で、エリスに無理を言った自分。
 エリスが断れないことを知りながら、夫婦仲が良好であることを周囲に示す為にエメラルド宮に居室を移し、共に食事を取りたいと告げた。

 アレクシスはそのとき、少なくとも、嫌な顔をされるのは間違いないと思っていた。
 初夜であれだけ手酷く扱ったのだ。エリスは自分の顔など見たくもないだろう、と。

 だがエリスは驚いた様子こそ見せたものの、迷うことなく「はい」と答えたのだ。
 それも、自分を気遣うような笑みを浮かべて――。


(なぜ笑える……? 君は俺が怖くないのか?)


 アレクシスは不思議に思った。

 翌日から、自分に合わせた生活を送るエリスのことを。

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」と笑顔で自分を送り出し、どれだけ夜遅く帰宅しても、「お帰りなさいませ」と優しく出迎えてくれるエリスのことを。

 そして何より、献身的なエリスに対し嫌悪感を抱いていない自分の心が、一番信じられなかった。

 ――もしや俺は、エリスを"思い出のエリス"に重ねているのではないか。
 髪の色も、瞳の色も、名前も同じ。そのせいで、こんな気持ちになるのではないか――と。
 
 二週間が経った今も、この気持ちの正体はわからないまま。
 けれど少なくとも、エリスに対し嫌悪感を抱いていないことだけは確かだった。
< 39 / 136 >

この作品をシェア

pagetop