ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
 しかも父は、その怪我をこともあろうにエリスの責任にした。
 火傷の傷が癒えないエリスを王宮に連れていき、ユリウスに向かってこう伝えたのだ。

「娘が粗相をして肌に傷を負ったため、殿下のお許しがいただけるなら、妹のクリスティーナを代わりの婚約者に据えられればと考えております」と。


 その言葉を聞いたとき、エリスは自分の人生はもう終わったと思った。

 父に愛されない自分。弟とも引き離され、屋敷では最低限の生活を与えられるだけ。
 それだって、自分が王太子ユリウスの婚約者であるからだ。

 物を取られたり、隠されたり、そういう小さい嫌がらせで済んでいるのは、自分が王太子の婚約者だから。
 もしその地位を奪われたら、いったい自分はどうなるのだろう、と。

 けれどユリウスは、涙を堪えるエリスを優しく抱きしめてくれた。

「傷なんて気にしないよ。僕の婚約者はエリスだ。それは変わらないよ。だから泣かないで」と。

 その瞬間だった。
 エリスが、ユリウスに恋をしたのは。

 それからは、エリスは継母に何を言われても、クリスティーナにどんな嫌がらせをされようと、毅然として生きてきた。

 自分が生涯ユリウスを支えるのだと。王太子妃になるのだと。
 生きる目的を与えてくれたユリウスの優しさに報いたい、と。

 毎日毎日、必死に努力してきたのだ。


 ――ああ、それなのに……。


(殿下は、わたしを信じてはくださらなかった……)


 それがとても悲しかった。
 とても悔しかった。

 自分は何もしていないのに、愛しているのはずっとユリウスただ一人だと言うのに、その気持ちを信じてもらえないことが、ただただ苦しかった。

 
 エリスは声を殺して泣いた。
 灯りもつけず、暗い部屋でたった一人。

 慰めてくれるユリウスは、もうどこにもいない。


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