ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
アレクシスがモヤモヤとした気持ちを抱えながら顔を上げると、クロヴィスが興味深そうな目で自分を見ていた。
これはろくなことを考えていない顔だ――本能的にそう思ったアレクシスは、急いで話を本題に戻す。
「それで、俺に確認したいこととは?」
そう問いかけると、クロヴィスはこれでもかと微笑んで、後ろに控える側近から一枚の書類を受け取った。
「確認事項は二つだ。どちらも二週間後の宮廷舞踏会についてだが――まず一つ目。舞踏会の来賓客リストの中に、ランデル王国の王太子、ジークフリートの名があった。彼はかつて一度も帝国の公式行事に顔を出したことがないから、どうにも気になってな。どういう風の吹き回しだろうかと」
「――!? あいつが帝国に来ると!?」
「そのようだよ。彼はお前の留学時代の友人だろう? どんな男だい?」
「どう、と言われても……。発言行動全てにおいて予測がつかない男だった、としか……」
「卒業以来連絡を取ったことは?」
「ないですね」
アレクシスがきっぱりと答えると、クロヴィスは短く思案して、「わかった」と頷く。
そして、「では次。こちらが本題だが――」と言って、急に顔から表情を消した。
そのいつになく真面目なクロヴィスの表情に、アレクシスは内心ドキリとする。
いったい何事だろうか、と。
「今朝方、宮内府から上がってきた経費書類を確認していて気付いたんだが……」
だがクロヴィスの口から放たれたのは、全く予期せぬ言葉で――。
「お前、エリス妃に送る宝石を用意していないだろう」
「……宝石?」
刹那、アレクシスは口を半開きにして固まった。
いったいこの兄は何を言い出すのだろうか。
「そう、宝石だ。宮廷舞踏会で妃たちが身に着ける衣装について、色が厳格に決められていることはお前も知っているな?」
「まぁ、それは。宮の名にちなんで、第一皇子妃は赤、第二皇子妃は青、第三皇子妃のエリスは緑、と。ですが、衣装は宮内府が用意するはずでしょう」
「衣装はな。だが宝石は夫である皇子が用意するのが慣わしだ。費用は宮内府持ちだが、その選定は皇子が行わなければならない」
「――!」
瞬間、アレクシスは絶句した。
完全に失念していたからだ。
女嫌いのアレクシスは、今までそういった慣習を気にすることなく生きてきた。
そのため、その辺りのマナーに疎いのだ。