ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 実際、アレクシスは馬車の中でこう言っていた。

「陛下は毎年最初の一曲を踊られたら、すぐに退席される。俺も去年まではそうしていた」と。

 エリスはそれを聞いたとき、まさか冗談だろうと思った。
 一曲で退席するなんてことが本当に許されるのかと。

 だが、一緒に馬車に乗っていたセドリックが事実であると認めたのだ。
「殿下は毎年一曲踊ったら、すぐお帰りになられます」――と。


 それを聞いた瞬間、エリスはそれまで多少は感じていた緊張というものが全て吹き飛んでしまった。
 だが、それでも一つだけ気がかりなことがあった。

 それは、アレクシスとちゃんと踊れるだろうかということだった。

 そもそも、エリスとアレクシスは一度も一緒にダンスをしたことがない。
 アレクシスは三日前までずっと帰りが遅かったため、ダンスのことに気を回している余裕がなかったからだ。

 
(そう言えばわたし、去年ユリウス殿下と踊ったのを最後に、もうずっと踊ってないわ)
  
 
 エリスは案内された皇族専用の席に腰を落ち着けながら、ユリウスと踊った最後のダンスのことを思い出す。
 

 ――それはもう半年も前、ユリウスから婚約破棄される一月前の、雪の降る寒い日のこと。

 ユリウスがウィンザー公爵邸を訪れて、エリスにドレスをプレゼントしてくれた。

「年が明けた最初の宮廷舞踏会で、これを着てほしい。きっと君に似合うと思う」と。

 もちろんエリスは喜んで受け取った。
 恋人からの贈り物だからというのもあるが、自分を虐げる家族も、ユリウスからの贈り物には絶対に手を出さなかったからである。

「ありがとうございます、殿下。舞踏会、楽しみにしています」

 エリスがそう答えると、ユリウスは嬉しそうに笑った。
 そしてその後「せっかくだから今から一曲踊ろうよ。予行練習だと思って」と誘われ、一曲踊ったのだ。


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