ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
(どうしよう……。どうしたらいいの……?)
ユリウスと何度も踊ったワルツ。
自分を虐げる家族のしがらみから離れることのできる、数少ない時間。
大好きだった舞踏会を、こんなに恐ろしく思う日がくるなんて想像もしていなかった。
エリスは恐ろしさのあまり、無意識にアレクシスの手を握っていた。
ホールドした手のひらに、力を込めてしまっていた。
するとアレクシスは異常を察したのだろう。
下を向いてしまったエリスの耳元に、そっと唇を寄せる。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「……っ」
その声に、エリスの心臓がドクンと跳ねた。
こんなところで、こんなに大事な場で、醜態をさらすわけにはいかない。――そうとわかっていても、どうしようもなく弱音を吐いてしまいたくなった。
言えばきっと愛想を尽かされる。でも、黙っておくこともできなかった。
「――ない……です」
「?」
掠れた声で呟くエリスに、アレクシスは怪訝そうに眉を寄せる。
「よく聞こえない」
「……踊れない、です」
「――何?」
「踊れないんです、殿下」
「…………」
絞り出すようなエリスの声に、アレクシスは嘘ではないと悟ったのだろう。
瞼をピクリと震わせて、ほんの一瞬黙り込む。
だが、すぐにこう言った。
「問題ない」――と。
「……え?」
それはいつもと変わらない、アレクシスの抑揚のない声。
少しも動揺していない、淡々とした声。