ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 エリスが顔を上げると、そこには自分を至近距離で見下ろす、普段通りのアレクシスの顔があった。

「あの……問題ないってどういう……」

 エリスが問うと、アレクシスはどこか得意げに目を細める。

「俺を誰だと思っている。帝国最強の男だぞ」
「……え?」
「俺が怖ければ目を閉じていろ。ただし、身体の力は抜いておけ」
「それって……」

(この人、いったい何を言ってるの……?)
 

 困惑するエリスの思考を置き去りに、音楽が始まった。

 すると同時に、ホールドした背中をぐいっと引き寄せられる。
 身体がしなり、天井を大きく見上げる体勢になったと思ったら、今度は足が床からわずかに浮き上がった。

 そしてそのまま、アレクシスの大きなステップに合わせ、身体を右に左に持っていかれる。

「――っ!」

(嘘でしょう……!? まさか腕の力だけで……!?)

 確かにドレスに隠れて足の動きは見えないかもしれない。――が、こんな力技が許されるのか。

 (はた)から見たらいったいどう見えているのだろう。ちゃんと踊れているように見えるだろうか。

 いや、それは絶対にない。
 きっと周りからは、自分がアレクシスに振り回されているようにしか見えないだろう。

 けれど、そんなアレクシスの無茶な行動のおかげだろうか。エリスの中から、いつしか恐怖が消えていた。


 見上げた天井が、アレクシスの動きに合わせてクルクルと回転する――その不思議な光景を、エリスはいつの間にか、心から楽しんでいる自分がいることに気付くのだった。
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