ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


(ランデル王国の重臣たちは何をやっているんだ。自国に閉じ込めておけばいいものを)

 アレクシスはぐっと拳を握りしめる。
 

 ――すると、そのときだった。 
 廊下の先の角から足音が聞こえ、一人の男が姿を現す。

 光り輝く銀髪に、青みがかった灰色の瞳。四年前と変わらぬスラっとした細身の体躯。
 それは紛れもなく、ジークフリート本人だった。

「……ジークフリート」

 その姿が視界に入るや否や、アレクシスは眉間に大きく皺を寄せた。
 すると向こうもアレクシスに気が付いて、意味深に目を細める。

 その唇が薄く笑み、よく通るテノールの声がアレクシスの名を呼んだ。

「やあ、久しぶりだね、アレクシス。元気だったかい?」
「…………」

 何ともありきたりな挨拶だ。もしエリスのことさえなければ、アレクシスとて普通に返事をしただろう。
 けれど、今だけは無理だった。

 アレクシスはジークフリートの眼前に立ち、あからさまに敵意を漏らす。

「お前、エリスを知らないか?」と。

 だがジークフリートは怯まない。
 どころか、どこか困ったように眉を下げ、一層口角を上げたのだ。

「彼女は僕が預かった――って言ったら、君は怒るかい?」
「――何?」

 挑発するような物言いに、アレクシスの瞼がピクリと痙攣する。
 セドリックは、いつアレクシスがぶちぎれるかと思うと気が気ではなかった。

 ジークフリートは平然と言葉を続ける。

「ああ、すまない。本当に怒らせるつもりはないんだ。僕はただ、頼まれて君を呼びにきただけ。君に会いたいっていう人がいてね。だから、そんなに怖い顔をしないでくれ」
「頼まれた? 誰からだ。エリスもそこにいるのか?」
「ああ、彼女もそこにいる。一緒に来てくれるだろう?」
「…………」

 なんだかよくわからないが、つまり自分に会いたいという者がいて、そのせいでエリスは連れていかれたということだろうか。

 正直まだ的を得ないが、これ以上尋ねてもジークフリートは答えないだろう。

(どちらにせよ、そこにエリスがいるなら行かない選択肢はない)

 アレクシスはセドリックと目を合わせ頷き合うと、ジークフリートの後を追って中庭へと向かった。
< 67 / 136 >

この作品をシェア

pagetop