ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
(ランデル王国の重臣たちは何をやっているんだ。自国に閉じ込めておけばいいものを)
アレクシスはぐっと拳を握りしめる。
――すると、そのときだった。
廊下の先の角から足音が聞こえ、一人の男が姿を現す。
光り輝く銀髪に、青みがかった灰色の瞳。四年前と変わらぬスラっとした細身の体躯。
それは紛れもなく、ジークフリート本人だった。
「……ジークフリート」
その姿が視界に入るや否や、アレクシスは眉間に大きく皺を寄せた。
すると向こうもアレクシスに気が付いて、意味深に目を細める。
その唇が薄く笑み、よく通るテノールの声がアレクシスの名を呼んだ。
「やあ、久しぶりだね、アレクシス。元気だったかい?」
「…………」
何ともありきたりな挨拶だ。もしエリスのことさえなければ、アレクシスとて普通に返事をしただろう。
けれど、今だけは無理だった。
アレクシスはジークフリートの眼前に立ち、あからさまに敵意を漏らす。
「お前、エリスを知らないか?」と。
だがジークフリートは怯まない。
どころか、どこか困ったように眉を下げ、一層口角を上げたのだ。
「彼女は僕が預かった――って言ったら、君は怒るかい?」
「――何?」
挑発するような物言いに、アレクシスの瞼がピクリと痙攣する。
セドリックは、いつアレクシスがぶちぎれるかと思うと気が気ではなかった。
ジークフリートは平然と言葉を続ける。
「ああ、すまない。本当に怒らせるつもりはないんだ。僕はただ、頼まれて君を呼びにきただけ。君に会いたいっていう人がいてね。だから、そんなに怖い顔をしないでくれ」
「頼まれた? 誰からだ。エリスもそこにいるのか?」
「ああ、彼女もそこにいる。一緒に来てくれるだろう?」
「…………」
なんだかよくわからないが、つまり自分に会いたいという者がいて、そのせいでエリスは連れていかれたということだろうか。
正直まだ的を得ないが、これ以上尋ねてもジークフリートは答えないだろう。
(どちらにせよ、そこにエリスがいるなら行かない選択肢はない)
アレクシスはセドリックと目を合わせ頷き合うと、ジークフリートの後を追って中庭へと向かった。