ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
「名乗り遅れて申し訳ありません。僕はスフィア王国ウィンザー公爵家嫡子、シオンと申します。……エリスの、弟です」
「……弟、だと?」
アレクシスは驚いた。
まさかここでエリスの弟が登場するとは思ってもみなかったからだ。
そもそも、アレクシスはエリスに弟がいることを知らされていなかった。
結婚が決まったときにクロヴィスから渡された書類には、シオンの名は記されていなかった。
それに、エリスとは家族の話をしたことが一度もない。
だから、目の前の男がエリスの弟であるということを、すぐには信じることができなかった。
するとシオンは、そんなアレクシスの困惑を感じ取ったのだろう。
片方の頬を引き攣らせ、小さく呟く。「ああ、何も知らないのか」と。
そして、こう続けた。
「僕は今ランデル王国の王立学園に通っておりまして。僕がエリスの弟であることは、そこにいらっしゃるジークフリート殿下が証明してくださいます」
「――!」
その声にアレクシスがジークフリートの方を振り向くと、ジークフリートは胸元から一枚の紙を取り出した。
暗くてやはりよく見えないが、それはシオンの在学証明書だった。戸籍の内容も記されている。
つまり、シオンがエリスの弟なのは事実だということだ。
となると、次に問題になるのは――。
「エリスの弟が、いったいなぜこんなことをする? 目的を言え」
そう。すべては目的だ。
アレクシスは、シオンが自分をおびき出すために、ジークフリートに頼んでエリスを連れ出したのだと考えていた。
エリスを人質に、自分に何か要件を突きつけてくるものだと。
姉を連れ出し、眠らせる――そうしてまで、叶えたい望みがあるのだと。
「お前は俺に、何を望んでいる?」
月明りの下、二人はしばらく睨み合う。
舞踏会の音楽を遠くに聞きながら、シオンは口を開いた。
「僕は、姉を望みます」――と。