ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
瞬間、アレクシスは再び頭の芯が冷えるのを感じた。
シオンの言葉の意味を図りかねている自分がいた。
理解はできるのに、できない。
いや、したくない、というのが正しいだろうか。
「エリスを望むと……? 弟のお前が? その意味を本当に理解しているのか?」
もはや困惑を隠せないまま、アレクシスは問いただす。
”望む”――その意味は通常、ただ"欲しい"という意味で使われる言葉ではない。
“自分のものにしたい”――つまり、"結婚したい"、という意味で使われる言葉だ。
それにそもそも、エリスは自分と既に婚姻している。
それなのに、このシオンとかいう男は、いったい何をほざいているのか。
「エリスは俺の妃だぞ。お前はそれを――」
「別れればいいでしょう」
「……何?」
「姉さんを手放してください。あなたには、他にいくらだって妃候補がいる。姉さんでなければならない理由なんてない」
「なっ……」
(この男、正気か?)
とてもまともな思考とは思えない。
いや、そもそも、だ。
ジークフリートの手引きがあったとはいえ、王宮に忍び込み、姉を攫い、眠らせるような人間がまともであるはずがない。
とは言え、相手はエリスの弟だ。
ただの暴漢ならばみぞおちに拳を一発ぶち込んでやれば済むことだが、今回ばかりはそうもいかない。
対応に苦慮するアレクシスに、シオンは気持ちをぶちまける。
「僕はあなたのことをよく知りません。でも、あなたの女性嫌いのことは知っている。姉さんとの結婚が、あなたの望んだものではないことも。そんな男に、どうして姉さんを任せなくちゃならないんだ。僕の方が絶対に姉さんを愛しているのに」
「だからこんなことをしたと? 姉を攫い、眠らせてまで。――そこにエリスの意思はあったのか?」
「姉さんの意思だと? ――ああ、そうか。本当にあなたは何も知らないんですね。姉さんがどれだけ大変な思いをしてきたか。どれだけ辛い日々を送ってきたか。それなのに、愛した男に捨てられて……その上こんな場所に送られるなんて……可哀そうな、姉さん」
「…………」