ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
まるで演説をするかのような滑らかな口調で、ジークフリートは平然と言ってのける。
その口ぶりに、アレクシスは強く憤った。
エリスのことを何も知らなかった自分に。
何一つ知ろうともしなかった自分自身に。
自分が知らないことを、目の前のジークフリートが知っている事実に。
反論の余地を許さないほどに的を得た、その発言内容に。
「アレクシス。君は、彼以上にエリス妃を愛していると言えるかい?」
「――ッ」
ジークフリートの瞳が、アレクシスの視線をからめとって放さない。
心の奥を覗きこむようなねっとりとした眼差しに、アレクシスは思わず口を閉ざした。
エリスを愛している、と断言できない自分自信に、言い知れぬ苛立ちを覚えながら。
「姉さんを僕に返せ」と、自分をきつく睨みつけるシオンに――彼はただ黙って、拳を握りしめることしかできなかった。
(俺は……エリスを愛していると言えるのか……?)
アレクシスは、心の中で自問する。
彼は、自分がエリスに抱く感情の名前を今だ理解できずにいた。
女嫌いの自分に嫁いできた、政略結婚の相手、エリス。
初恋の少女と特徴が同じだったことで、本人かもしれないと勝手に期待し、落胆し、結果、手荒に抱いてしまった。
その罪悪感から、多少は歩み寄ろうと努力し、今は同じ屋根の下で暮らしている。
それは女嫌いのアレクシスにとっては考えられないほどの譲歩だったが、世間一般から見れば当然のことだろう。
今夜のためにエリスに贈った宝石だって、自分はすっかり忘れてしまっていた。クロヴィスの指摘がなければ、エリスに恥をかかせていただろう。
そんな自分が、どうして言えようか。「エリスを愛している」などと。