ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

(ああ、そうだ。俺にはそんな言葉を口にする資格はない。たとえ嘘でも、言えるはずがない)

 自分が酷い夫であることは、誰の目から見ても明らかだ。
 それに、ジークフリートの話を信じるならば、エリスは祖国でとても辛い思いをしてきたはずだ。
 沢山の傷を負ってきたはずだ。

 その傷にとどめを刺したのは自分。
「お前を愛する気はない」と冷たく吐き捨て、逃げ場を封じてしまったのは、夫である自分自身。

 だからエリスは家族の話をしなかったのだのだろう。

 自分のことも、シオンのことも、彼女は話さなかったんじゃない。話せなかったのだ。

 ――そう。

(言えないようにしたのは……この、俺だ)

 その過ちを、今さら悔いてももう遅い。
 エリスは自分を恐れている。その現実は変わらない。

 ならば、自分ができることは一つしかないではないか。
 シオンの言うとおり、エリスをここから解放してやる。それが、最善の道。
 ――なのに。


「……っ」


 どうしても、手放したくないと思ってしまう自分がいる。
 彼女を失いたくないと、強く心が訴えている。

(なぜだ。……どうして)

 もしや自分は、彼女を自分の所有物だとでも思っているのだろうか。
 だからこんなに不快な気持ちになるのだろうか。
 玩具を取り上げられたときの、子供のように――。
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