ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 アレクシスは兄クロヴィスから放たれる殺気をビリビリと全身で感じ取りながら、兄の言葉を待つ。

 するとクロヴィスは数秒何かを考える素振りをして、薄く微笑んだ。

「アレクシス、ここは私が引き受けよう。お前はエリス妃を連れて宮に戻りなさい。このままでは彼女が風邪をひいてしまう」
「……!」

 “私が引き受けよう”――その言葉に、アレクシスはさっと顔を強張らせた。
 なぜならクロヴィスの提案は、二人の処分は私が行う、という意味に他ならなかったからだ。

「この二人を……どうするつもりです?」

 つい、そんなことを口にしてしまう。
 この期に及んで敵の心配をするなど我ながら馬鹿げているが、クロヴィスは時として驚くほどに残酷だ。

 だからアレクシスは、クロヴィスがどのような采配を下すのか咄嗟に不安を抱いたのだ。

 が、アレクシスの予想に反し、クロヴィスは「ははは!」とさもおかしそうに声を上げる。

「お前は優しい子だね。だが心配はいらない。ここは王宮で、彼らは他国の王侯貴族。少し話を聞かせてもらうだけだ。――だから、さあ、お前はもう帰りなさい」
「…………」

 ここまで言われてしまっては、反論の余地はない。

 アレクシスはエリスの元へ歩み寄ると、地面に(ひざまず)いた。

 ――外傷はない。脈も呼吸もしっかりしている。薬が切れればきっとすぐに目を覚ますだろう。

 アレクシスは安堵しながら、エリスをそっと抱き上げる。


 シオンの方を振り向けば、彼は苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを睨んでいた。
 が、手を出してくる気配はない。

 アレクシスは、再びクロヴィスに向き直る。

「では、これにて。あとはよろしく頼みます、兄上」

 その声に、にこりと微笑んだクロヴィスの笑顔を最後に、アレクシスは王宮を後にした。
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