ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
18.自覚
時刻は真夜中を迎える頃。
エメラルド宮のエリスの寝室では、アレクシスが医師を退室させるところだった。
「下がれ。あとは俺が見る」
「はい。では、わたくしはこれにて」
「ああ、ご苦労だった」
医師は恭しく礼をして部屋から出て行く。
それを最後まで見送って、アレクシスは迷わずベッドの方を振り返った。
天蓋付きのベッドの上では、侍女たちによって寝着に着替えさせられたエリスが、静かな寝息を立てて眠っている。
念の為と思い医師に診察させたところ、『眠っているだけ。薬が切れれば時期に目を覚ます』との診断で、アレクシスはひとまず安堵していた。
アレクシスはベッド脇の椅子に腰を下ろすと、エリスの寝顔をじっと見つめる。
アレクシスがエメラルド宮に戻ったのは、今より一時間ほど前のこと。
舞踏会中にエリスが連れ去られた事件は、クロヴィスの登場で一応の終結を見せた。
正しくは中断と言うべきかもしれないが、あのクロヴィスが『引き受ける』と言ったのだから、それすなわち終結だ。
形はどうあれ、明日の朝には全て綺麗に片付いているのだろう。――アレクシスには、そんな確信があった。
だが、だとしてもだ。
アレクシスの心情的には、何一つ解決していなかった。
たとえ今夜のうちにジークフリートとシオンがランデル王国に送り返されたとしても、この心を蝕む焦燥感は、決して消えないとわかっていた。