ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
「――! あ……そう、でしたわ。わたくし、中庭でシオンとお話していて……。――あ、シオンというのは、わたくしの弟なのですが……そしたら、急に眠くなって……」
「急に眠く?」
「はい……本当に申し訳ございません。舞踏会の最中でしたのに……。殿下は、シオンにお会いになりませんでしたか?」
まるで疑うことを知らないエリスの瞳に、アレクシスは悟った。
なるほど。どうやらエリスは、シオンの起こした事件について全く気付いていないらしい。
ならば、と、アレクシスは話を合わせることに決める。
知らないなら知らないままでいてくれた方がいい。それに、自分とシオンが話した内容――つまり、『姉さんを僕に返せ』と言われたこと――について、自分から言い出す勇気が持てなかった。
「いや、知らんな。俺はジークフリートから、君が中庭にいると聞きつけて迎えに行ったまで。――そしたら君が倒れていて、流石に肝を冷やした」
「……! そう、なのですね。それは本当に……本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
エリスの顔が暗く陰る。
その表情に、アレクシスはやはり罪悪感を覚えながらも、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「気にするな。俺は部屋に戻るから、ゆっくり休め」
本当はエリスとシオンが何を話したのか気になるところだったが、けれどもしもそれを聞いて、『シオンと一緒に暮らしたい』などと言われたら堪らない。
だからアレクシスは、早々に部屋から退散することに決めた。
だが、アレクシスがドアを開けようとしたとき、不意に「殿下」と呼び止められる。
その声があまりに真剣すぎて、アレクシスはどきりとした。
(今日の俺は……なんだか、変だ)
と、自分で自分を気味悪く思いながら振り向くと、やはりエリスが思いつめたような顔でこちらを見ている。