ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
もしや――と思った。
シオンの話をされるのか、と。
だが、エリスの口から出たのは、全く予想外の言葉だった。
「あの……、ありがとうございました」
「“ありがとうございました”?」
驚きのあまり、うっかり復唱してしまう。
まさか礼を言われるとは思わなかったからだ。
だが、よくよく考えてみれば確かに、眠ってしまった自分を運んでくれた相手に礼を言うのは、何らおかしなことではない。
「いや。そもそも、俺が君から目を放したのがいけなかった。こちらこそ、すまなかった」
そう答えると、エリスははにかむような笑みを浮かべる。
「いえ、あの、運んでくださったこともそうなのですが……」
「……?」
「ダンスのとき、動けなくなったわたくしに、殿下は『問題ない』とお言葉をかけてくださいました。あの一言に、わたくしは救われたのです。……そのお礼を、どうしても言いたくて」
「――っ」
「本当に、ありがとうございました」
嘘偽りない真っすぐな眼差しで見つめられ、アレクシスは内心とても動揺した。
自分では何気なく言ったその一言に、『救われた』などと言われても、どういう反応を取ればいいのかわからなかった。
ただ、どうしようもなく、胸が熱くなったことだけは確かだった。
結局アレクシスは「ああ」と短く答え、今度こそ部屋を出る。
そして後ろ手に扉を閉めると、そのままトンと背中を預け――口元を覆った。
(――ああ、そうか。俺は……)
気付いてしまった。エリスの笑顔を見て、気が付いてしまった。
自分は、彼女が好きなのだ――と。