ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 ――エリスは気付けばそんな風に、ユリウスのことを過去として受け入れられるようになっていた。

 ときおり不意にユリウスの顔を思い出すことはあっても、それによって胸が痛むことはない。
 ユリウスを恋しく思うことも、恨みを思い出すこともない。

 それはきっと、今の生活に満足しているからだろう。

 侍女たちは相変わらず親切だし、マリアンヌのおかげで令嬢たちとも馴染めてきている。シオンとの手紙も再開できた。

 アレクシスとの関係も悪くない。
 不愛想なところは相変わらずだけれど、会話は目に見えて増えきているし、それにアレクシスはここのところ、毎週のように花を贈ってくれるのだ。

 最初はアスチルベ、次は赤い薔薇、それからブルースターと、昨日はストロベリーキャンドルを。

 エリスは受け取った花を思い出し、頬を赤く染める。
 なぜなら、贈られた花の花言葉には、すべて『愛』や『恋』といったメッセージが含まれていたからだ。

(まさか殿下が花言葉を知っていらっしゃるとは思わないけれど……)

 アスチルベは『恋の訪れ』、赤い薔薇は『愛情』、ブルースターは『幸福な愛』、そしてストロベリーキャンドルは『人知れぬ恋』。

 花言葉はもともと愛や恋にまるわるものが多いとはいえ、偶然にしては少々できすぎな気がする。

 まさかアレクシスは自分のことが好きで、それを花言葉で伝えようとしているのでは――エリスはもう何度目かわからないその考えに思い至り、けれど否定するように、小さく首を振った。

(いいえ。それだけはあり得ないわ。だって殿下は、女性がお嫌いなんだもの)

 現にアレクシスは今も、公務以外では一定以上の距離を詰めてこない。
 それに何より、『好き』や『愛してる』と言った類の言葉は、一度だって言われたことはないのだから。
< 90 / 136 >

この作品をシェア

pagetop