ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
エリスはとても驚いた。
まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったからだ。
そもそもエリスは、女性嫌いのアレクシスが自分に興味を持つなど有り得ないと考えていた。
当然、アレクシスが今の様な――自分のことを気に掛けた――問いをしてくることなど、想像もしていなかった。
(いったいどうして、そんなことをお聞きになるのかしら)
エリスにはわからなかった。
アレクシスの質問の意味も、意図も。アレクシスが自分をどう思って、そんなことを聞いてくるのかも。
けれど、質問に対する答えだけは決まっている。
「確かに殿下の仰る通り、わたくしは最初、殿下のことを恐ろしい方だと思っておりました。でも、今は少しも怖くありませんわ」
「……! だが……俺は君に酷いことを……。それを君は許すというのか?」
「許す許さないということなら、もうとっくに許しております。だって、殿下にも事情がおありになったのでしょう? それに今は、こんなに良くしていただいておりますもの」
「……それが、君の本心だと……?」
「はい、紛れもなく本心にございます。それにわたくしは、別に殿下にだけ特別優しくしているつもりはありませんのよ。だって、困っている方がいたら力になって差し上げたいと思うのは、人として当然のことですもの」
「……っ」
するとその言葉が何か気に障ったのか、アレクシスの瞼がぴくりと震えた。――流石に言い過ぎただろうか。
「あの、申し訳ございません、出過ぎたことを……」
「いや、いい。君の言うことは正しい。……俺の方こそ、いつまでも過去に囚われて逃げてばかりだ」
「……?」
本当に、今日のアレクシスはどうしたのだろうか。
どんな強敵にも怯まず立ち向かっていく男の言葉とは、とても思えない。
ますます心配になったエリスを尻目に、アレクシスは残りのお茶を一気に飲み干し、最後に――と言った風に口を開いた。
「今度の建国祭のあと、君に話したいことがある。時間を取ってもらいたい」
「お話ですか? わたくしでしたら、別に今からでも……」
「いや。今夜はもう遅い。――それに、俺にも心の準備が……」
「?」
(そんなに大事なお話なのかしら……)
いよいよ困惑を極めるエリスを一瞥し、アレクシスは立ち上がる。
そしてお茶の礼を言い残すと、そのまま部屋から出ていったのだった。