侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
第1章
 私達が結婚式を挙げたのは、花々が美しく咲き乱れ、そよ風が漂う春の終わりの頃だった。カルドナンド国の中で最も巨大な教会で式を挙げたのは良い思い出だけど、それからは良い思い出は全く無い。

 実家のラディカル子爵家からフローディアス侯爵家に嫁いだ私、メアリー・フローディアスは自室から窓の向こうの景色を眺めている。

(もう1年か)

 1年前の結婚式では、春の終わりのそよ風が心地よくて空も綺麗に晴れ渡っていた。だけど今はしとしとと春雨が降りしきり、夕方前なのに雲もまるで夜のようにどんよりと暗くなっている。

(今日もウィルソン様はお戻りにはならないでしょうね)

 私の旦那様。ウィルソン・フローディアス様。フローディアス侯爵家の若き当主。だけど、結婚してからは1度も夜を共にした事は無い。
 さらさらした黒髪短髪の長身だけど、いつも私には不機嫌そうな顔を向けてくる。ろくな会話すらない。
 私は一応ウィルソン様をお慕いしているけど、その気持ちも最近は薄まって来ている気がする。

(私はウィルソン様に嫌われている)

 だから、私はよく貴族の夫人方が出席するお茶会で……。

「子のなせないお飾りなだけのハズレ妻」
「お飾り妻よね、メアリーさんて」
「メアリーさんじゃなくて私だったら子どもが出来ていたでしょうに!」

 と言われている。子供が出来ないどころか子作りすらしていないお飾りの妻。それが私の評価だ。

(いつ思い出しても、辛くなる……)

 結婚式を挙げてから1年が経過した時、処女であるのと相手が不倫浮気をしていれば、白い結婚として相手の合意が無くても離婚が認められるし、書類を役所に提出する義務も無いのがカルドナンド国の法律である。この場合自作で書類を作ればいいんだっけか。
 でも、離婚した所で私には帰る場所がない。両親は私にはずっときつくあたってきたからだ。

「ほんとメアリーは可愛げがないわね。地味だし。出しゃばらないでくれる?」
「メアリー、お前はグズでのろまなのをなんとかしろ!」

 華やかな母親からは嫌味を言われ母親や出来が良くイケメンの弟2人と比較をされて、愚鈍な見た目の父親からは叱られる毎日。そんな中私が結婚した時だけは私を家から追い出せると喜んでいた両親だし、弟達も今は国外にいるから帰ったらろくでもない扱いを受けるのは目に見えている。

(離婚するなら、就職先とかも考えないとだし……)
 
 離婚するなら新たに居場所……就職先を考えないといけないのだが、高位の貴族への就職先だなんてなかなか見つからない。それこそ王宮の女官くらいだ。
 でも王宮の女官は欠員が出ないと求人は出ない。

(出来る事なら侯爵家から出て自由になりたい。でも就職先とか考えたら、今の暮らしの方が恵まれているかもしれないし……)

 離婚へのふんぎりはついていない。実際フローディアス侯爵家の暮らしは実家であるラディカル子爵家の暮らしよりも、経済的に遥かに恵まれているのは事実だからだ。
 このままフローディアス侯爵家のお飾り妻として一生を終えるのか、はたまた離婚してまだ視覚化されていない新たな道を歩むのか。まだ答えがはっきりと出ていない状況だ。

「はあ……」
「奥方様、旦那様がお戻りになりました」

 メイドが部屋に入り、ウィルソン様の帰宅を告げた。いつものように玄関に迎えに行かなくては。

「わかりましたわ」

 一瞬、部屋に飾られたガラス細工に目がいった。百合の花をかたどったそのガラス細工は、王太子レアード様から結婚祝いに贈られたものである。
 
 玄関に到着し、彼を出迎えようとしたら彼の傍らには金髪に白地に複雑な刺繍が施されたドレスを着た女が1人いた。
 知らない女性だが、見た目からして貴族令嬢なのは理解できた。それににやにやと微笑む様子からは、ピリピリとした嫌なものを感じてしまう。

「あらぁ、メアリー様。ごきげんよう。アンナですぅ」

 アンナと名乗る令嬢はこれみよがしにウィルソンの左腕を抱き締めるようにして私へと口を開いた。

「ごめんなさぁい。実は私、ウィルソン様をお慕いしていまして。子供も出来たんですぅ」
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