侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
「は?」
「アンナの言う通りだ。メアリー」

 ウィルソン様、そう言われても困る。その女を連れてきて私にどうしろと言うんだ?
 しかも知らない女とそう言う関係にあったなんて。私は雷に撃たれたかのような衝撃を覚える。それに胸が痛い。とにかく辛い。

「あの、何が言いたいんですか?」
「愛人としてアンナと同居するのを認めてほしい。お前はまだ子供が出来ていないだろう?」

 は? 私に子供が出来ないからアンナを愛人としてこの屋敷に住まわせろと?
 そもそもあなたが私と夜を共にしようとしないからでは?

「いいじゃないですかぁ、メアリー様ぁ。だってメアリー様は子供がまだいないって聞いてますしぃ」

 アンナが胸の前で両手を組み、あからさまなぶりっ子構図で私を見てくる。
 嫌だ、こんな女がウィルソン様からの愛を受けていただなんて。正直認めたくない。しかし……。

(本当はここで離婚すべきなのだろうけど、離婚してしまえば私の居場所が無い。だから我慢するしかないか……)

 冷静に冷静に思考を巡らせば巡らすほど今の私は詰んでいるのが理解出来る。
 まず、貴族の当主が愛人を持つだなんてよくある話じゃないか。父親だってそうだった。

「わかりましたわ。アンナさん、よろしくお願い致しますわね」

 悔しい気持ちを押し殺し、私はアンナを迎え入れる事にした。仕方ない。仕方ない……。

「ありがとうございますぅ! メアリー様ぁ!」
「どうした? 君は血も涙もない冷酷な女だという噂を聞いてはいたがこんなにも優しいとはな」
「え?」

 おかしい。私はそんな性格じゃないのだが。勘違いしていないか?

「私はそのような性格ではありませんが……」
「嘘ですわ! 私もその噂聞きましたものぅ!」

 ここに来てアンナもその噂を聞いたと語りだした。いや待て待て! 私いつの間にそんなキャラクターになっていたのか!?
 ていうかウィルソン様とはろくに会話もしていないのにそんなのあり得ない……!
 
「あの、ウィルソン様はこれまで私とはろくに会話すらしていないではありませんか。そのような状態で私の性格がわかるとでも?」
「なっ……!」

 ウィルソン様は唇をギュッと噛んだ。そりゃあそうだ。私とはろくに会話すらした事無い癖に血も涙もない冷酷な女だと判断するだなんて。
 
(私はお飾りの侯爵夫人。はじめからウィルソン様から求められてはいなかった)

 こうしてアンナも交えての生活が始まった。フローディアス侯爵家は屋敷も広く、十分に居住スペースもある。

「ふふっ、実家よりも広くて素敵だわぁ!」

 早速アンナをゲストルームに案内すると、わざとらしく両手を広げて喜んでいる。
 アンナはクルーディアスキー男爵家の令嬢。男爵家の令嬢ならこれくらいの広さに驚くのも無理はない。

「今日からこの広い部屋で過ごせるのね、ありがとう!」
「いえ、アンナさん。何かあればすぐにメイドをお呼びくださいませ」
「ありがとうございますぅ、メアリー様ぁ」

 さっさと彼女から逃げるに限る。下手すりゃ上手い事言いくるめて罠に嵌められるんじゃあないかと疑ってしまう。
 まあ、お飾りとはいえ妻である私がいるにも関わらずウィルソン様とそう言う関係にあった女だ。

(貴族の当主が愛人を持つだなんてよくある話だけど、ろくでもないのも事実だし。お母様もそうだったけど妻は事務的なもの以外極力愛人とは話さず、接触を避けた方がいいとはよく聞くわよね……)

 アンナとは極力関わらず、接触するのは控えておこう。うん、そうしよう。

 翌日。私は自室で朝食を取った。いつもなら食堂へと赴き不機嫌そうなウィルソン様へ形式的な朝の挨拶をしてから朝食を頂くのだが、多分食堂にはアンナがいる。

(アンナさんもだけど、ウィルソン様とも正直顔を合わせたくはない)

 メイドが持ってきてくれた朝食は野菜スープにパン、そしてウインナーを焼いたものが3本だ。

「頂きます」

 フローディアス侯爵家の食事は普通に美味しい。なんならラディカル子爵家よりも美味しいし、品数も豊富だ。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

 そう言うと待機していたメイドがお皿を下げてくれた。メイドにもいつものように会釈をして感謝を示す。
 すると別のメイドが慌てた様子で部屋の中に飛びこんで来た。

「奥方様、ウィルソン様がお呼びです……! アンナ様をいじめたとかで……」
「はあ?」

 いや、昨日はアンナに部屋を案内して以降、会っていないのだが? 
 呼び出された私は仕方なくウィルソン様の元へと向かう。

「お前、アンナを虐めたと聞いたが?」

 廊下にて不機嫌そうに腕を組むウィルソン様と、怯えたような演技らしい顔をするアンナがいた。

「……内容は?」
「内容も何も、貴様が全て知っている事だろう!」
「おぼえていないだなんてひどいですぅ!」

 顔を両手で覆い、泣きはじめたアンナ。いや、これは正直どこからどう見ても泣き真似にしか見えないのだが。

「あの、虐められたというなら内容覚えていますよね? アンナさん」
「……は、はい! えっと、アンナさんにあなたの家は下級の男爵家だって言われて……それにそれにウィルソン様と愛人関係になったのは、私を追い出すつもりだからだろうって言われて……!」

 全く身に覚えの無い会話をするアンナ。アンナは確かにクルーディアスキー男爵家の令嬢だが、経済的にクルーディアスキー男爵家は下級でも無いはずなのだが。
 だが、ウィルソン様はアンナの話を全て信じ切っているのか、私をじろりと睨みつけている。

「そうか。お前はやはり血も涙もない冷徹な悪女だったのだな。メアリー」

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