いじわる双子のお気に入り~ドタバタ☆甘キュンDAYS~
――どうして。どうして私だけを見てくれないの。
――私はあなたを、こんなに愛しているのに。
当時僕が母親と住んでいたボロ屋のアパートの前では、数か月前から何度か、派手なスーツに身を包み、日本人離れした髪色の男と、華やかな見栄えで“女”の顔を貼り付けた母が連れ添って歩く姿を目撃していた。
その反面、深夜にも拘わらず近所迷惑な金切声が聞こえたかと思うと、それは大抵、ホストを相手に取り乱す母が原因だった。
世間一般の4、5歳児であれば、とっくに布団に入り、母親の子守歌をBGMにして眠りについている時間帯だというのに、僕はそうじゃなかった。
――愛してるの!あなたを愛してるの!!
――行かないで、お願いだから……。私を、見て。
みっともなく地面にへたり込んで咽び泣く母親の姿を窓から遠目に眺めていた僕は、何故だかひどく冷静だったように思う。
連日そんな母の不憫な光景を目の当たりにする中で、いつの日か僕は、この人はきっととても心が寂しくて、誰よりも可哀そうな人なんだと思うようになった。
まるで他人事のように平然と、知らない人を、見るかのように。
「あのねぇ、白亜。お母さんね。本当はずっと、あなたのお父さんのことを、愛していたのよ」
いつの日か、ホスト通いの沼に落ちる少し前に、生気の感じられない灰色に濁った無感情の瞳で、彼女は言っていた。
僕の名を呼んではいるけれど、果たして本当に僕に向けて話していることなのか真意はわからなかった。
「ちゃんと、愛していたのよ。お母さんはね、お父さんを愛そうとしてた。でも、あの人はそうじゃなかった」
保育所に通っていなかった僕は、狭く薄暗い部屋の一角で、ポストに投げ込まれていたチラシの裏紙を使って何かを描いていた。
別に絵を描くことは好きではなかったし、得意でもなかった。
それでもその昔、母が買ってくれた数少ない贈り物の一つが、そのクレヨンだったから。
描くものなんてないくせに、ただ黄色いクレヨンでぐるぐると円を描いていた。母の名と同じ、丸い円を。
明かりの灯らないこの家と、光の宿らないくすんだ母の瞳を見続けて、自然と手を伸ばしていたのかもしれない。
今となっては、わからないけど。