こんなに誰かを想っていた
先輩は変わった人だった。マイペースで、のんびりしていて、でも好きなことを語らせると熱くて。そしていつもはみんなを笑わせることを言っているかと思えばときには真剣で嬉しそうな顔をして夢を語る。私はそんな先輩が好きだった。


いつだって掴み所のない先輩に告白したのは5月の終わりだった。その日私は図書室で古典の勉強をしていた。うんうん唸って和歌の解説に悪戦苦闘している私の横に、先輩はひょいと座って教科書をのぞきこんだ。「いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を 返してぞきる…ふーん、小野小町かぁ。なにおまえ、こんなのもわかんないの」いつもの調子で先輩は私をからかった。私は先輩が横に座っていることにどぎまぎしながらも、むっとしたふりをして答えた。「だって、こんな暗号みたいな言葉で書かれた昔の人の気持ちなんてさっぱりですよ。先輩は古典得意だから良いですよねー」
ちょっとかわいくないことを言っちゃったかな、と先輩の顔を横目で確認すると、先輩はにやっと笑って言った。
「わかってないなー。今も昔も人を好きになる気持ちは一緒なんだから、わかんないわけないだろ。おまえ好きな人いないの?」
一瞬どきっとしたが平静を装おって答える。
「いますけど」
「じゃあわかるはずだよ、例えばさっき俺が読んだ小野小町の和歌、だいたいの意味は『もう耐え切れないほどあなたが恋しい時には、夢であなたに会えるように「夜の衣」ってのを裏返して寝ます』って感じなんだ。おまえだって好きな人が恋しくってしょうがない夜くらいあるだろ?それと一緒。」
「へぇー…」
半分は先輩の頭脳に感心し、もう半分は昔の人と自分に共通点があったことに驚いて私は相づちをうった。「小野小町はすごいよ、今の俺らとまったく変わらない恋愛感情をあんなにきれいに熱く歌えるんだからさ。それに…」
先輩はふいに私のほうをまっすぐ見た。
「そんなふうに誰かを強く想ってみたいよな」
そう言った先輩から私は目がそらせなくなった。自分がどうしたのかわからないけれど、緊張しているようでなぜか心地良い感覚は私の口を動かしていた。
「じゃあ、私のこと想ってください」
はっとしたときには先輩はびっくりした顔をしていて、私は自分の言ったことが誰か他の人が言ったように聞こえてぽかんとしていた。そしてみるみる顔が熱くなっていくのを感じた。動けなくなった私の金縛りをといたのは先輩の一言だった。
「いいよ」




そして私と先輩は付き合いだし、別れが来たのはそれから1年と3ヶ月後だった。理由は特別なものではなくて、ただ単に私と先輩がすれ違ってしまっただけだ。
そしてさらに1年が過ぎ、久しぶりに電話で話した先輩はこう言っていた。
『今までとこれからの人生でおまえが一番好きだった。今好きな子がおまえに全然及ばない「好き」だから、どうにかせにゃならん。だから95%がおまえのことを一生一番好きでいる確率だとしたら、俺はもう5%にかけるよ。』


―――先輩、先輩。あなたと図書室で話したあの日から4年、私はもうすぐ二十歳です。元気でいますか、今でも私を想ってくれていますか。私は先輩に会いたい。あのとき電話で言えなかったことを伝えたい。もう耐えきれないほどあなたに会いたくなる夜があるのだと、そしてそんな夜は、今でもあの日を、『夜の衣』を、思い出すのだと。
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