愚者の恋
ーーー恋なんていつか終わるものだ。

そうだとわかっても、止められなかった。私は、愚かだろうか。彼を愛することは、果たして本当に罪だろうか。答えが欲しい。言葉が欲しい。それさえも、愚かな罪だろうか…。


出会いは桜の木の下、などといった運命めいた所ではなかった。色気も何もないただの居酒屋だ。ただ単に酔いつぶれた私を、ただ単に介抱してくれた見知らぬ男性が彼だった。
タクシーに行き先を告げて押し込んで、はいさようなら。何とも親切なことだ。…ただ一つを除いては。
翌朝私のコートのポケットから発見したメモ書き。走り書きで、“連絡して”の一言。その下に電話番号。どれだけ酔っても記憶だけは無くさない私は、彼の書いたメモだとすぐにわかった。
…普通だったらくしゃくしゃに丸めて捨てるメモだ。けれど、なぜだろうか、そうしなかった。私はスマートフォンを手に取り、電話番号をダイヤルした。5回程コールして、寝起きの不機嫌そうな低い声が返事をした。


あの始まりがなければ、私は今でも何も知らずに無垢に笑っていられたろうか。けれど、知ってしまった。色のついた世界を、そしてその輝きと暗闇を。


今日も彼と抱き合い、足りない何かを求め、幾度となく口づけして帰る。
帰って待つのは現実でしかない。

「遅かったな、夕飯、手伝おうか」

ごめんなさい。

「どうしたんだ、顔色悪いぞ」

ごめんなさい。

「今日は夕飯いいから、ゆっくり休め」

裏切って、ごめんなさい…。


私には、夫がいる。優しい、優しい夫がいる。
何が足りなかったのか、今でもわからない。だけど、裏切ってしまった。そして、世界の色を、知ってしまった。後悔できない私は、愚かだろうか。
心の中で謝るくらいなら、なんてどちらかを断ち切ることもできない。


背徳感と愚かな恋の蜜は、今日も私の心を満たす。いつか終わるものだ。…でも今は、その甘さから、離れることができない。
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