愛してる、なんて
その日は私の家二十歳の誕生日だった。
大好きな人と過ごせるのには変わりなかったけれど、その大好きな人にはすでに恋人がいた。じゃあ、なぜ私と二人きりで過ごしてくれるのかと言えば、答えは簡単だ。彼は最低なのだ。
大学の先輩で、女の扱いを心得てる、そんな人。どうして好きになったかなんて覚えていない。好きになったものは好きになったのだから仕方ない。ただ、私が片想いする分には問題なかったのだけれど…先輩はなぜだか私と浮気している、恋人がいるというのに。だから、この人は最低なのだ。…かく言う私も、ズルズルと関係を続けているのだから、最低だ。

誕生日の夕飯は初めての居酒屋に連れて行ってと約束通り。最近の居酒屋は厳しいらしく、年齢確認されてしまったけれど、安心して年齢を提示できる。もう、二十歳かと、妙なところで実感する。
サワーとビールを頼んで、乾杯した。他愛もない会話の中で、私は思う。
どうしたら、何を話したら、この人が私だけを見てくれるだろうかと。何をしたところで、今さら、なのに。
いつだってそうだ。私だけが、こうやって思いあぐねては、空回りして、虚しさに襲われて、それでも愛しくて。
今日も同じ。程よく酔ったところで、私の誕生日はお開きになった。
そして私は酔った勢いに任せようとした。「今日は、泊めて」と。何を意味するかくらい、この人もわかるだろう。何度も踏んだ道だ。今日も、流されて快諾してくれる。
けれど、違った。

「だめだよ、今日からは、だめだ」

何がだめなの?今さら、何が。
ここまで恋人を裏切ってきて、私も裏切るの?…いや、私は初めから、裏切られる約束を持ってはいない。
いやだと子どものように駄々をこねた。酔っているからこそできるのかもしれない。けれど聞いてはもらえなかった。
ああ、もう終わりなのか。心をよぎるのはただただ甘い思い出だけだった。この人が例え誰かのものであっても、その瞬間だけは私を見てくれていた。涙が溢れた。泣きながら、帰りの電車に乗った。まばらに人々が座る電車の中、私は人目もはばからず泣いた。…好きだったのだ。まだ二十歳だけれど、愛してるなんて知らなかったけれど、今日、知ってしまった。愛していたのだ、狂おしく。

こんなドラマチックに終わらせてくれるのかと、落ち着いてからぼんやりと思った。しかし、終わらせてはくれなかった。彼と私のこの関係は、その先もしばらくズルズルと続いたのだ。
やはり、お互いに最低なのかもしれなかった。
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