あのサンダルは、捨ててしまった
砂浜を歩く。隣には、いてはいけない人。今だけ、今だけだから。

大学2年、夏休み。
行ったのは、新潟県のどこかの海。もう、思い出せない場所。
ひなびた町並みを車で通り過ぎて、見えてきた海。この日のために、めいいっぱい輝いてくれてるのかな、なんて思ったりした。
砂浜にサンダルで降りて、歩き出す。
砂がさらさらとサンダルに入り込む。
歩きにくそうな私をつかまえて、彼は自分のビーチサンダルを履かせる。
私は少しふてくされて、お礼も言えなくて。だって、この日のために選んだサンダルだったのに。

日常が、うそみたいな光景だったのはよく覚えている。隣には彼がいて、笑っていたことも。水面に反射する日の光が眩しくて、泣きそうになっていたことも。

帰る時間がやってくる。でも、私はそのとき帰りたくないとわがままを言った。
困った彼は、海沿いの喫茶店に入ってくれた。注文したグレープフルーツジュースは苦かった。…困らないでほしかった、なんて、それこそわがままだけれど。

アパートの前まで送ってもらって、ばいばいと手を振る。
これは、本当のばいばいなのだと、彼は知らない。いつもと同じばいばいだと思っていただろう。
違うの、そうじゃなかったんだよ。
私はあのとき、あなたへの想いにばいばいするために、海へ連れていってもらったの。

彼は私の恋人の、親友。本当はあなたが好きだった、なんてどうしたって今さら言えなかった。
何ひとつ壊す勇気も持てなかった。
だから、あの夏、ばいばいしたの。

あのときさよならをどうしても言葉にできなくて、手を振ることしかできなかった。
私の想いも、なにひとつ分かっていなかった彼が、心底憎くて、愛しかった。
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