宝物の、お話
大学進学まであと半月。引越しを明日に控えていた私は、地元に残る恋人に会うため、高校通学で使い慣れた路線の電車に乗った。この路線に乗るのも、今日でしばらく無くなる。窓の外を流れる景色も、正直見飽きてはいたものの、少し感慨深い。それよりも、彼と遠距離恋愛になってしまうことが、とても寂しく不安だった。



彼の最寄り駅に着いて、改札を出る。満面の笑顔で、彼が迎えてくれた。いつだって私の姿を見つけると嬉しそうに笑う彼が、大好きだ。駆け寄って手を繋ぐ。身長の低い私は、彼を見上げる。見下ろして微笑む彼が、たまらなく好きだった。



田舎の駅なので、駅周辺に遊べるような所はほとんど無い。あるのは図書館と、見晴らしのいい高台、あとは少し歩けばラブホテル、くらいのものだ。いかにも田舎、といったラインナップ。そして私と彼は、まず図書館に向かうのがお決まりだった。



図書館で勉強や読書、ではなくて、視聴席でヘッドホンをし、2人並んで古い映画を観るのだ。この日は「天使にラブソングを2」を観ることにした。ユーモラスなシーンでは2人顔を見合わせて、クスクスと笑いあった。そして時々、こっそりキスをした。隠し切れていないと、分かっていたけれど、今日でしばらく会えないのだ。勝手ながら、許してほしいと思うのだった。



いつも通りに一緒に過ごそうと言ったのは、彼だった。でも、いつも通りの時が過ぎるほど、私の寂しさが募っていく。つい数日前までは、学校で明日も会えた。でも、もう違うのだ。寂しさで爆発しそうになった私は、図書館から飛び出していた。



向かったのは高台だ。もうすぐ夕方になって、明日の引越しの為に帰らなければならない時間がやって来る。空の色も、オレンジがかってきていた。私に追いついた彼に、抱きついた。私は泣いていた。そして、彼に呟くようにお願いした。

「あっちのラブホテルに行きたい」



彼は心底驚いて、慌てていた。古い言い方だけれど、これまで清い交際をしてきたのだ。だから、驚くのも当然かもしれない。けれど、私は、彼を忘れられない跡を刻みたかったのだ。

でも、彼は私を抱きしめてはっきりと言った。

「こんな衝動的にじゃ、いやだよ」



大事にしてるから、とはにかんで言う彼に、私はぎゅっと強く抱きついた。衝動的でも全然良いのに、と内心思った。でも、彼の思いも嬉しかった。彼といつか一緒に暮らしたら、なんて話もして、寂しさが少し薄れた頃、私は彼と駅に向かった。



改札前、中々バイバイが言えなかった。また会えるけれど、それはきっと次の大型連休だ。寂しかった。

振り切るように彼から離れて、思い切って改札に切符を入れて、振り向いた。泣きそうだったのを堪えて、笑ってバイバイを言った。彼も、笑顔だった。





ーーー今この日を何故か思い出す。あれから10年経った。

私の隣にいる人は、彼じゃない。あんなに好きで、好きで、大好きだった人でも、結局別れてしまった。今でも彼といたら、今頃どこで、どんな自分でいただろう。あの時、自分の寂しさを堪えていたら、彼の全部を受け止めていたら、なんてタラレバ話でしかない。分かっていても、あの頃の思い出は、なぜか今でも私の大切なものなのだ。もちろん今隣にいるパートナーも、大切だ。それとこれとは、別なのだ。



この思い出は人には言わない。私の中で、そっとしまわれた、宝物なのだから。
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